Let us cling together!

今朝5時前後、突然腹痛が襲って来た。

初めて感じるこの痛み。
稲妻が体を破る。
その痛みの波は深く、時に激しく襲う。

体中から脂汗が滝のように流れ出し、
見る見るうちに体が凍る。
そして冷たく震えた。

シーツにしがみつき、
のたうち回る事約2時間。
流石に限界を感じた。
何かがおかしい。。。。

『救急車』
サイレンの音が近づくに連れて
申し訳ないその音の終点はこの私です!って。

ご近所さん朝っぱらからごめんね。


ここから日本の病院の受け入れ態勢のもどかしさを
肌身で知った。

確かに自分は生きている。
事故ではないし、死までは創造出来なかったのかもしれない。
よって?
受け入れない。
様々な理由でいくつかの病院に断られた。

救急車までの運び込みは、
レスキュー隊員の方々のお陰でスムーズだったが
受け入れる病院を探すまでその場で待機。。。。
結構長く感じた。。。。20分?30分?40分?
死んじゃうよ!
意識が遠のきそうな(そこまで弱くは無いか。。。。)
しかしすごく長く待ち時間を感じたのは事実。

ひどかったのは胆のうを全摘した病院ですら
『最近は通院されていませんね』って切り出されたようだ。
何だそれっ?

レスキュー隊員の方々は優しかった。
ダメだ2ヶ所から探そうと切り出してもくれた。
しかし、次の瞬間1人のレスキュー隊員の方が
『あっいけねっオレ携帯忘れた!』
汗だらけの私に向かって『貸して頂けます?』と。。。。(笑)
勿論ですよ。

結局広尾の病院が引き受けてくれ、(感謝)
大急ぎで向かう途中、
表参道の交差点で2台の車が退かない。
2台目の車が1台目にクラクションを鳴らすと
逆切れ。。。。
おまえら〜
交差点の派出所の警察の方々が飛び出して来て
『ピピーお前こっち来い!』って
1台目の車を誘導。

やるじゃん!!
そこに派出所が存在しなければならない理由を
初めて理解したかも。

院内も皆優しかった。
安心感が有った。
こんな面構えの大男なのに。。。。

レントゲン結果からは、恐らく十二指腸潰瘍?だとか。。。。
緊急手術を何度も匂わされ、
『やべっ脱走だ〜』って考えていたが、
既に昔、腹を割いているので、
そう簡単には手術出来ない。(安心?)

結果名医が明後日検査してくれる事で治まった。。。。?
明後日。。。か。(微妙)
痛み止めや点滴は撃ったが、病院を出た頃には更に痛みが。。。。
保つのかな?

今も抜群に痛みが襲って来る。。。。

その後、痛みをこらえて
骨董通りのオフィスに立ち寄ったが
逆に皆を心配させたかも。。。。
すまぬ!
皆御免!
色々あるんだよ。。。。

また生きちゃった事を考えると、
まだまだ終わってない、これからこれからって感じた。

自分は恐ろしい痛みや問題に遭遇しても
常に冷静に情況を判断しようと心を構えている。
きっとそれは
幼少の頃からの家庭環境が大きく影響したのかもしれない。
ただ言える事は
その苦い、しょっぱい経験を逃げないで体験し、
向き合って来た、来さされたからこそ今が有るのかなと。!
これって反面教師だね。

全て目の前で起きる事はリアルだし、
逃げられはしない。
こっちが正々堂々としていれば、
時が経ったその頃には
笑って流せる事になっている。
皆は何が真実か知っている。

一人じゃない。

今はしんどいよ。確かに。

でもそれだけ本気で捧げたんだよ。
美しいじゃない!
良くやったじゃない!
自分を褒めちぎって次だっ!

次が有るんだよ次が!
終わってなんか決して無い!

まだまだやれる。
自分を信じろっ!

ほったらかしにしていても
オレンジの陽は繰り返し昇るし、
あなたのタンバリンは
また、激しくリズムを刻む。

あなたの心の応援団は、かなり多いよ。
あなたのファンも、かなり多いよ。
今回、正々堂々と『正義』と『真実』そして『愛』を
自らの手で、自身の力で掴み取ったあなたに乾杯です。
超拍手です!
パチパチパチパチ!

やっと?本質が見えて来たでしょう。
価値観が変わり、冷静な判断力を備えるでしょう。
必要であればいつでも何処でも、
Cling together!
OKです。


そして先ずはご卒業おめでとうございます。
yukiサマ。。。。

もう一回乾杯です。

あなたの今回の行動は人として誇りを感じます。
そんな素晴らしい方と出会えただけでも
私は幸せを感じています。
本物ですね。
あなたは。
Let us cling together!
良いですか?



皆様
私事ではありますが、体調不良のため
暫くブログが止まってしまうかもしれません。

静かな宵に光を灯すように
いつかそっと着火しますので
宜しければ我慢強くその時を待っていて下さい。

そして

皆様の温かい応援の程よろしくお願いします。
私のブログにも皆様
Let us cling together! 宜しくです。
*あっ使い方間違ってる?

ではそれまで

『HOPE』

成功や挫折

結婚や出産

そして突然の死や別れ。。。。

人生には色んな波がある。

望んでいた波を掴む人
望んでもいない波を掴む人
でも波のない日なんてものは無い
大小は有るかもしれないけれど
常に波はそこで起きている。

たとえ小さな波であっても
それを後ほど大きなうねりに変える事だってあなたは出来る。
でもその波に気が付かなければ
BIGWAVEなんてコトバはあり得ない。

波を掴むには
日頃から準備(努力かもね)をしなければならないし、
自ら波に飛び込まなければならない(チャレンジする精神)。

波って一旦呑まれるかもしれないと思うと
身体と精神が縮こまって普段のあなたらしさが出せない。
結果良い結果を得られない。

当って砕け散ったって、悔いって残るのかな?
自分は100%出し切って砕けたら最高に幸せだと感じている。
90%でも70%でも意味がない。
それで成功したって心が感じない。


家族に裏切られ、兄弟に先立たれ
認知症の母を失うと
この世で本当に1人ぼっちになる事を意識した日から
髪を剃り、カッコを付ける事を卒業し、
ただただモノの本質だけを追いかける人生の旅に切り替えて8年。

やっと見えて来たモノが有る。
やっと感じられたモノが有る。
自分には何が必要なのか。
次の進むべき道が何なのか。。。。
やっとわかって来た。

本質が。


全てを失うかもしれないという
大きなリスクをも跳ね飛ばし、
TRYする、飛び込む覚悟と『勇気』を持つ者だけに
初めて次の景色を与えられるのかな。

自分は飽き症(笑)なので
いつも同じ位置に居座るのは嫌い。
新しい景色をいっぱい見て回りたい。
次の景色をいっぱい見て回りたい。

だから常にTRYする。
同じ仕事は取らない。

今回は全てを失うかもしれないという
大きなリスクやプレッシャーすら楽しみに変え
その情況を体感する事で、冷静さを身につける事に喜びを得られたら
もうあなたは無敵じゃないかな。

無敵って波を自由に手に入れられるってことだね!

ひょっとして今日
自分は人生に取って大きな波を手に入れたかもしれない。
いやそうであって欲しいと。

『HOPE』

教育

小学生の頃から、
新任の先生と出会う度に
教育ってなんだろう?
教えるってなんだろう?
って感じていた。

数時間前ジェットコースターばりの出張から
久しぶりに東京に戻り、
メールの整理をしていたところ、
BGM代わりのラジオから
29歳の小学生経論が
女子中学生に対するある容疑で逮捕と。
。。。。
ったく話しにならん。
許せない。

けれどこのような事件は意外と多く、
いつまで経っても無くならない。。。。

これらの事件で自分がいつも感じているのは、
事件を起こした彼等教師だけの問題ではなく、
また彼等の責任だけでは済まされない。

解決には至らない。

実は日本の教育システムに
大きな問題があると感じている。

だって大学を出たばかりの人間で
社会を知らない、経験がほとんど無い若者達が
社会を教えているって何?

自分は理解出来ない。

経験が無いのに社会や道徳、調和や共生を
子供達に果たしてしっかり伝えられるのか?
ここが大きな問題であって
全く間違っていると感じている。

*勿論、若くしても優秀な教育者は
たくさんおられるとも思うが。。。。

専門学校等のように、
ある程度フォーカスされた目標設定が有り、
そこに向かおうとする
指導者と生徒達の関係ではなく、
義務教育という名のもとで
集められたコミュニティーに
配属される教育者。
それらには大きな差があるのではないか。

では社会経験が希薄な若者であっても
これだけ押さえておけば、
生徒達の将来(感受性)は
必ず伸びる、伸ばせると信じている、
自分の中での教育の5か条を記してみました。

1、才能を後押し!
  その対象者の得意なもの、
  優れているセンスを見つけ出す手助けをする。
  また、その能力を最大限発揮出来るようにサポートする。

2、目標を明確に!
  目標を一緒に考え明確にし、達成に向けて励ます。
  励ます事が大切。怒ったって無意味でダサい。

3、失敗から学ぶ!
  失敗する事は普通だよって。
  向上して行くための素晴らしいチャンスだって事を理解させる。

4、選択肢を提示!
  自信を付けさせる為に選択肢を与え、
  自分自身でその方向を決めさせる。

5、他人と比較しない!
  自信喪失や自尊心を傷つけない為にも、
  同期や友人、
  他人とは一切比較をしない。
  *これって結構大切。 

この5か条を心得る事は、
学ぶ側だけではなく、
教える側自体も共に学べます。
更にこの5か条は、
教育の最底辺だとも感じています。

人生の先導者が、良き見本
良き目標になる為に、
邪気や邪念、欲といった醜さを追い払い、
教育とは何かを真摯に捉え
家族のように教育者同士、教育者と生徒、
生徒同士の関係を築く事が出来ないのであれば
その環境は破壊してしまった方が良いと感じる。

それだけに教育者には責任とモラルが必要とされる。

教育は決して遊びではない。



酸素や水もその対象者が無ければ
全く意味が無い。
枯れようが枯れまいが
その対象に『永遠に』栄養を与え続ける。

その行為って自然で本当の愛じゃないかな。

教育って家族のような愛の相互関係じゃないかな。



自分にも家族が欲しいと
ちょっびっと感じたジェットコースターの5日間でした。

楽しかった〜

『透明』

『AZZAMIさん、絶対ってコトは絶対無いんだよ』
『絶対に』
って和食会の巨匠に言われた。

それって有るってことなのかな?

100%無理ってコトバ本当かな?

昼間、山の手線内でグースカ寝てる人間を見て
『アイツ産まれる前はきっとナマケモノだったんだぜ』
って言う人間達もいるが
ナマケモノが人間に進化したとしたら
そのナマケモノは半端無くすごい事になる!

あり得ない事というのはあり得るし、
全てにネガとポジが有る。
白と黒、○と×がある。

要は全部ウラハラで
紙一重ってこと。

見方を間違えると景色が180度変わる。
面白いよね。

しかし自分は常に異なる角度で
物事を視る、考えるように心掛けている。。。。
(もしかしたら冷静で素直にしているだけかもしれない)

様々な角度からそのものを見ると言う行為が重要で
これを癖にしておく。

するとそれまで見えていた景色がガラッと変わる
変われる喜びを体感出来る。

それまでの発想や立ち位置が変わる。

冒頭の巨匠のコトバのように
本当に絶対なんて事はあり得ない。
と自分も感じています。(笑)

だって絶対があり得たら何もかもが楽しく無くなり
創造する事を止めてしまう。
そうなったら人としての価値、
この世界に産まれ落ちた理由、愛。。。。
全てを失ってしまう気がする。

人は誰かの道具でもなく、人形でも鉄の塊でもない。

今の素直なその気持ちを、その魂に伝える。
素直に。。。。そして自然に。。。。
それが何よりも美しい。

いつかみんな何処かに消えてしまうんだから
その前までにね。。。。
『伝えなくちゃ』
『動かなくちゃ』
今すぐ。


色なんて必要なく
本当の意味で純粋で
いつも透き通った『透明』で生きたい。

ねぇシャロン

はじまりは箸が転げるだけで笑い
切れない、切りたく無い長電話
寝不足の毎日
食欲の低下
集中力が欠落し
頭の中を200%占領する存在に気が付いた
水色の頃

手が触れ合うだけで
指先までビリビリと電気が走り
お互いわかっているのに踏み出せない感覚

車の陰で新しい希望にKISSし
開放と突き抜けた特別の『あの感覚』を憶える

ただ『会いたい』それだけで
もう少し強く生き続けられる気がした
ただその存在だけで勇気がわいた
授業では救ってくれない透明な温度
家庭では救ってくれなかった透明な温度

鋭利な刃物の先端のように
鋭く尖った水色の感受性

時が経ち、いつしか幾つもの汚れた服を纏って道を歩いた
そして気が付いた頃には水色が青色に変色していた

あの頃の感覚は夏の流れ星のように瞬時に消え去る


先日
あの頃のタンバリンが撃つスピードと同じ
いやそれ以上の感覚が
突然自分に舞い降りたのに気付かされた

ヤバい!

感じる
魂が燃えているのがわかる

食欲や睡眠を犠牲にすればする程
魂を抉り取れば取る程、あの感覚が呼び戻される
鋭利な刃物の先端を胸に当てた日のように
苦しみの減量の後、枯れた指先に水分が行き渡るのがわかるかのように
ビンビンアンテナが情報をキャッチし出す

感じる
感性の足音。。。。

やる気と本気という言葉に
火を点けて燃え上がらして良いのか。。。。

ねぇシャロン
意識の先の出来事に
希望を今、よりどころにしても良いよね?

青色に純白を混ぜた

希望にKISS

ねぇシャロン
また自分を裏切らないよね?

過去はどうでも良い
振り返ったって何も変わらない
大切なのは、今とちょっとだけ先のビジョン
どこに行くのかわからない
どうしたら良いのかわからない
自然に身を任せても良いのかなって
水色のままでも良いのかなって。。。。

新しい終わりの始まりを感じる
大きな変化の波を感じる
大きな苦痛もあるだろう
小さな恋のメロディもあるだろう

ねぇシャロン
どうしたら良い?
行けっ?
来いっ?

今朝福岡博多の地で、自分の中で結論が出た

突き抜けた特別の『あの感覚』と『透明な温度』だけ
もう一度感じなさいと

その色で良いんだよと

京都、大阪、神戸、東京
フランス、ミラノ、NYそして東京
ベトナム、ソウル、上海、おかえり東京
そして。。。。冬の星のように透明な島

ねぇシャロン
。。。。




自分の中のもう一人の『アンマー』
アンマーからお誘い頂いた今回の美しいGIFT(旅)に
本当に心から感謝します。
魂の通った絶対的な母のような大きな愛を
ありがとうございました。
夏にサンタクロースに出会っちゃった感じです。

進むべき道が視えました
景色が変わる
感覚が目覚める
シャロンみたいになれるかな?

夜空の月

『何を見てるの?』

時より夜空を見上げる母の隣で
彼女の体の半分くらいのサイズの自分が
彼女の手を探しながら聞いていた。

彼女は涙を隠していたのか
神妙な面持ちで。。。。

自分の母親は養女。
そして彼女の父も養子。

辛い時、悲しい時
本当の母親を思い出しては月を見上げていた。

『寂しくなったら月を見上げなさい』

『思い出したくなったら月を見上げなさい』

『私も必ず見ているから』

『どの国どの星に行っても、月は見えるから
そこで会いましょう』

『結ばれましょう』
そう言われたと。。。。

恐らくその時点で彼女の母の魂は
地球以外何処かの星を旅していたと思う。
(自分は本当の母の親、つまりはお婆ちゃんを知らない)

夜空を見上げる母の目の先には、
その後も色んな形の月があったのを憶えている。。。。


先日その先が透けて見えるような
純粋なオレンジ色に焼けた太陽が沈むのを見た。
いや見せて頂いた。
Special Thanks to Y様!

どれ位見ていなかったのか。。。。こんな光景。

素晴らしく美しかった。
けれど実は、、、、
とてもとても悲しかった。
きっと母の事を思い出したのだろう。

何故か隣に居たかわいい牛さんに
気を紛らわせ涙をこらえていた自分が居た。

母にはもう甘えられない。

彼女は既に自分をあまり理解していない。

兄弟も先に星の旅人になっちゃったし。

父は姿をくらましたまま。。。。

母が養子で養女なだけに、誰もいなくなった。

それが理由なのか、
どうも温かな家庭や優しさが苦手で
それに触れる事が怖く、何処からとも無く涙がこみ上げる。

いつしか家族というページだけが
自分の中で空っぽになっちゃった。。。。

頼るところも、甘える事も
相談する事も無くなってしまった。

しかし人は強いモノで
泣き虫だった自分が、いくらかむしろ強気で生きている。
無理してでも、笑って強気で生きている。

きょうはこのブログをアップします。
宮崎の牧場主です。現実です。
http://green.ap.teacup.com/mutuo/

心が痛い。。。。本当に辛い。。。。
人という乗り物に乗っかってるからには
愛を持って自分が出来る事は全て出し切る。

そんな生き方をしたい。

色んな意味で役立ちたいと強く感じる。








永遠のClassic

I dont care if it hurts
I want to have control !

明日 2010.7.4
『MIX-TOKYO』プレオープン
7.11本格始動

目的
生産者と消費者を健康的にダイレクトに繋ぐ

何故?
力を持ちすぎた大手流通が生産者と消費者の間に入る事で
1、生産者の『想い』がなかなか消費者に届かない
2、価格MDを流通が握ってしまっている
3、日本の生産者(メーカー)が育たない
 (価格MDを握られると、次の開発に投資する予算が得られない)
4、生産者の人事権まで流通がコントロールしていることすらある

この流通上位の考え方を我々はフラットにする。
生産者(開発者、創造主)に敬意を払い
流通も力を合わせ、彼等を助け合いながら共存する。
消費者も満足と納得の出来る理由をしっかり学び
購入に繋げて行く。
価格も勿論重要だが、それだけではない
生産者の『想い』をきちんと伝える。

これって極自然のこと。
でもそれが歪んでいる、破壊されている事が多い。

信じられない事だが例えば
32インチの液晶テレビの在庫を
メーカーが抱えていたとする。
メーカーはそれを倉庫に寝かしていても仕方が無い。
次の開発費や社員の給与を確保するため
瞬時に数を引き取ってくれる(キャッシュに変えてくれる)
大手流通に助けを求める。協力者を求める。

そこに20代、30代の大手流通の若者バイヤーが現れ
事情を聞くや否や、いや聞いていないのかもしれない
『じゃあ10円で!』
10円?
液晶テレビが1台10円?
結果苦渋の選択。

あの韓国のトップ家電メーカーが
日本の流通の裏側を知って
『バカらしい』『日本のマーケットなんてもう良い』
『撤退だ』と。

このままじゃ生産者が沈没してしまうよ。
日本のメーカーが育たないよ。
自分達の首を自分達で絞めるのはよそうよ。
一時の快楽を求めるより、
永遠に繋げるために何が大切か見極めようよ。
未来を見据えようよ。
足下をしっかり見直し、感じながら生きようよ。
安くなる理由には、その裏に何かが犠牲になっている、
その犠牲を一極集中ではなく、
助け合いながらリスク分担したって良いじゃない。
もうやめようよ。。。。。

そうして
『MIX-TOKYO』が産まれました。

恐らく多くの大手流通から攻撃も受けるだろう。
でもわかって欲しい。
貴方達の顧客は永遠に無くならないだろう。
安ければ良い。
消費万歳と戦う気はない。
でも別の選択肢があっても良いんじゃないかなって。

1000円前後の布で出来た中国製エコバックを
『かわいい』『お洒落』『何処何処ブランドだから』
の理由でシーズンごとに買い替える。買い足す。
1人で何十個も持つ事が本当にエコなのか?
汚れたからって、ちょっと破れたからって
洗いも補正もせずに、次の新品を買う。買い続ける。

その文化は恐らく自分が生きている間ぐらいでは
簡単には無くならないだろう。
そしてその文化の中で自分もいつからか生活している。
よって完全に否定は出来ない。
しかし肯定は絶対にしない。

多少高くても一生持ち続けられる革のエコバック。
そのバックについた傷が味となり、愛着となり
体の1つになり。。。。
酔っぱらって何処かに置き忘れたか、
失ったりすると本当に悲しくなる。
自分の愚かさに気付かされ落ち込む。。。。

自分はそんなエコバックを持っている。
そんな手帳を持っている。
そんなジーパンを着用している。
そんな彼等と付き合っている。
そんな家具に囲まれた生活をしている。

別にたいした事の無い自分レベルの人間でも
こんな考えを持っているのだから
同じ考えやそれ以上の美しい考えを持つ人、
実践している人も山ほど存在して当然だと感じる。
そしてそんな方々を多く知っている。

よって『既存』によりすがって甘えて生きる事だけではなく
『別の選択肢』もあって良いんじゃないか
そしてその選択肢を今回は己で創造してみました。

『MIX-TOKYO』

恐らく潰しにかかる人達もいるだろう。
激しい波にわざわざ泥舟を出すヤツはいないでしょう。
I dont care if it hurts
I want to have control !


この考えに、この選択肢を共に歩む決断をして頂いた田部井さん
比嘉さんそしてその家族の皆様 本当にありがとうございます。

貴方達は私にとってSo Fuckin Specialです。

この場を借りて御礼申し上げます。
そして共に頑張りましょう。

先ずは未来の日本の為に、永遠のClassicになるために!


http://mixtokyo.com/home/item_list.php?hm=top

誤審

ワールドカップにおける
イングランドとドイツのそれは66年の大会にさかのぼる。

そして先日の試合で前半、イングランドのランパードのシュートで
それは再び繰り返された。
(ただし今回は真逆の立場となったが。。。。)

審判とは、『絶対的 神の代理人』として
ジャッジを下すことを許された存在。

しかし『神の代理人』も決して完全無欠ではなく、
所詮は人の子、間違いだってたまには起こしてしまう。

テクノロジーの進化で、人間の曖昧さが浮きぼりとなる今の時代、
多くのスポーツの場でも、ビデオにて判定をゆだねる事も数多い。

NFLやMFL等、既にそれらが導入されている。

また、人間の目では判断出来ない、
陸上競技の100m走や競輪、競馬の着順といった
0コンマ何秒のスピードの世界を見極めるために
写真判定が標準装備されているスポーツもある。

先にも書いたが審判だって人間だから
当然機械のように数値で全てを判断する事は不可能。

よって誤審やハプニングも当然起こる。

しかし皮肉な事に、一方で人間というのはそんな情況が決して
100%嫌いな訳でもないのも事実。

むしろ『これで面白くなった』と見る人もいる。

『こんな事でくじけるな!己の力で勝て』と言い聞かせ
キセキの大逆転が起きてしまうと
鳥肌大興奮で、更に盛り上がる人もいる。

負ければ負けたで誰が名付けたか『因縁の対決』と呼び
後々同カードの戦いにその冠言葉を適用する人もいる。

自分はそんな曖昧で不器用な人間本質の姿が大好きだ。

感覚は数値では表せない。

幼少の頃からピカソとダリの画が好きだった。
ショパンとバッハの音が好きだった。
マイヤ・プリセツカヤの姿に涙があふれ
ジョンの言霊に心臓が冷たくなるのを憶えた。

山や川、雪や雷が大好きでも、深海が怖い。。。。

犬の表情が読み取れるように、海の魚の目からも言葉が読める。

相手の事をほとんど何も知らず
初めて会ったに等しい関係なのに
もう20年、30年も前から付き合っているような。。。。
自然と胸襟を開かせてしまう感覚がある。

それらは時々思い出したかのように自分の身に降り注ぐが、
その不思議な感覚には過去も未来も無い。

そして何故そんな感覚が生じるのか?
今もって全くわからない。

いや、わからなくても別に良い。

なぜならそれが自分なのだから。。。。

全てが数値に置き換えられ、完璧以外、
少しのアジ(その人が持つグルーヴ)も認められない事は、
その人という存在事態を認めない事となる。

自分が極端に不器用な人間だからなのか、
そういう感覚や直感をよりどころにして生きている=生きる過程で、
自分を信じる事が凄く重要な事だと知っている。

人間の営みには、常にパラドクス(矛盾)が潜んでいる。
だから、人生は非常に豊かで面白い。

同様にその矛盾があるからこそ、サッカーも面白い。

『誤審』がビデオ判定などにより、完全に排除されてしまうと、
それはもはやサッカーではない。
自分はFIFAがビデオ判定を採用しない事に支持する。

なぜなら

私たちが愛して止まない人間の本質が
そのスポーツにはあるわけだから。

1+1=2って誰が決めたの?

魚偏に占う

『走り』『旬』『名残り』
これらは季節に敏感な日本人が
その季節を感じながら(楽しみながら)食すという、
日本料理特有の流れ(基本型)であり、
自分が和食をこよなく愛す所以でもある。

例えば魚を例に見ても、
その時々によって脂の乗り具合や甘み、
苦味が微妙に変わって来る。

つまり、『走り・旬・名残り』とは
一つの素材を年間を通して
3回分楽しむことが出来るとも考えられる。

魚偏に春『さわら』
魚偏に暑『しいら』
魚偏に夏『ワカシ』(ブリの稚魚)
魚偏に秋『カジカ』
魚偏に冬『このしろ』
魚偏に雪『たら』

そんな季節を感じられる多くの食材の中で、
自分が最も心を引かれるのが
魚偏に占うと書いた『鮎』。。。。

京都育ちなので、豊かな魚『鱧』も好きではあるが、
『鮎』は別格。

清水焼の白地に青柄の皿に
稚鮎が盛られると春を感じ、

それらが香りを身に纏い出すと夏を感じる。

落ち鮎という粋な呼び名の、
小さく繊細な卵の食感が
秋の訪れを教えてくれる。。。。

なんとも!

また鮎は、その食べ方も特徴的で、
頭から骨抜きを行うと、
内蔵まで綺麗に抜けるし、
尾から抜くと、骨だけが綺麗に抜ける。
鮎が目の前に並んだだけでも内心興奮している上に
見事に骨抜きに成功した暁には
冷静を保っているようには見えるが、
内心『ヤッタ!』って
自分の頭の中でシャンパンを抜栓した時のように
『プッシュー』って音と共に
アドレナリンが吹き出すのがわかる。(笑)

四万十川の栗焼酎、ダバタの『白』あたりと
その白身を合わせ、
少し焦げ目のついた頭や尾は
その『白』に同じダバタの『赤』を
少し混ぜ合わせた『ロゼ』で頂き、
更に苦みと香りが濃い血合いや内蔵は
『赤』だけで頂く。。。。

なんとも2!

塩焼き
味噌焼き
そろばんや、せごし(生のアユのブツ切り)
南蛮
甘露煮
山椒煮
うるか(内臓と卵の塩漬け)
鮎めし
鮎赤だし
鮎の姿寿し。。。。

まったく尽きない。。。。

先日三重県出身の千駄ヶ谷の女将さんに
稚鮎の山椒煮を出して頂き、
『美味い!』って思わず声を上げた際、
『京都っ子だね』って笑顔で迎えられ、

新宿の『名店』で生きた鮎を塩で焼き、

自前パーティーで2夜連続で高知産を。。。。

そして昨夜、なかなか時間が合わず
会食がお預け状態だった大切なゲストと念願が叶い
裏青山の秘密の隠れ屋で
琵琶湖産の稚鮎を天ぷらで!(素敵!)

*ちなみに鮎は稚魚期を海で過ごすが、
琵琶湖を海の代わりとしている琵琶湖産の鮎は
コアユ呼ばれ、海産アユとは区別されている。

『最近は琵琶湖も外来魚が増え、
鮎達も危険にさらされていて、、、、
でも、最も彼等が恐れているのは人間でしょうね』
と店主の口から。。。。

なんとも3!(確かに)

魚偏に占うと書く鮎。
神功皇后が出兵の成否をアユ釣りで占った話や
日本の初代天皇の神武天皇が、
ヤタガラスに導かれて吉野川を巡幸し、
飴を入れた壺を川に沈めて、
魚が浮けば事の成就が成し遂げると占い、
この時に浮いて出た魚が鮎だったとか。。。。

今夜はヤタガラスを胸に刻んだ青い侍達が
南の国でその勇姿を見せてくれる事を祈りながら
その勝敗を鮎を食しながら占いでもしますかね。。。。

オッオレ?3

さてさて起源は様々だが、
世界のあちらこちらでハンドボールじゃなくて
食物を無駄に?投げあう祭りがある。

食料危機のこのご時世に
ちょっと微妙な感じもするが
市民のストレス発散や、豊作を念じて?の事。
伝統行事だから有りなんだろうね。

代表格はイタリアとスペイン
その犠牲となるのがトマトやオレンジ達。

その時期は街中、果汁でドロドロ。
知らない人達が見たら『地獄絵図!』

そこで、
実は一昨日からのロングブログで伝えたかったのは、

『夢の爆弾』の存在。

投げてストレス発散になるなら、
後かたづけをする事無く、
ほったらかす事が環境に良かったり、
自然を再生出来たりしたら一石二鳥。
もっとストレス解消になるんじゃないかなって。

夢の爆弾は植物の種や苗が入った爆弾で
ほっておくと植物が育つ。

ちょっと悪さした国には
国連の一斉決議で
空からこの爆弾を雨のように降らせて

『あんたの街中グリーンにしちゃうぜ!』
『緑でボッコボコさ!』
鬼の形相で緑を撒き散らす。。。。
緑の地獄祭!

そんな事になれば
なんかちょっと幸せなんだけどな。。。。

やられる側もなんだかちょっと苦笑で

『あっちゃ〜街中緑だよ』
『空気よくなっちゃうよ』みたいなね。

人を傷つける、生命を奪うという行為が
その国や支配者の権力を誇示できるという
人類が誕生したあの日から、
今までの欠落した創造力だとしたら、

また、この権力誇示という手段が
地上から無くならないとするならば、

せめてこれからの未来は、
武器自体を変えてしまうという創造力が欲しい。

火薬を土に、
火種を生命の種に
『変える事』って出来るんじゃないかな。。。。

だって結果的にその地域を滅ぼす事が、
その権力誇示の象徴になるのなら、
川や海を殺し、
ビルを建ち並べることが政治力の象徴なら
その象徴こそ破壊する!

つまりは自然を回復させ、
緑を増やす事が
実はその支配者達が最も嫌がる、
恐れる行為なんじゃないのかなと。。。。
それって新しい次の力なのかなとも。


創造してみて、

沖縄の宜野湾にあるあの普天間基地の未来。

武器を備蓄させる為にアスファルトを剥がし、
土を健康にし、森が出来ている画。

武器を生産する為に山盛りの苗。

そこで働く人々は、みんな緑の管理者で
日々生命と向き合い、
温かく幸せを感じながら生き続ける。


発想は誰にでも自由に出来る。
それを現実に出来るか否かで、
その人の価値も大きく変わるんじゃないかな。

因にこの爆弾、側も土に帰ってくれるのかな?
誰か一緒に新しい武器を商品化しない?
こんな武器商人だったら良いね。

*長かったね今回のブログ。
『スッ スマン!』(笑)