2009年07月のアーカイブ

頑張らないとな!

『ブレードランナー』
『トータル・リコール』
『マイノリティ・リポート』など
Philip Kindred Dick(フィリップ・K・ディック)の小説は
大好きだ。
映画自体も気に入っているが、その小説達が持つ共通の空気感や、
独特のにおいのようなものが、創造力をかきたてられる。

*凄く敬愛している音楽活動家
(安にミュージシャンというワクに収まらない連中)の
トム・ヨークにも大きく影響を与えている、
『Talking Heads』にまでも、
『われわれは、ディックの宇宙に生きている』とまで云わしめている。

映像でも『ブレードランナー』での
リドリー・スコットの圧倒的な陽炎のような描写美や
『マイノリティ・リポート』で見せた
スティーブン・スピルバーグの未来感は
現実と神秘の交差が本気で『ヤバい』。

(ポール・バーホーベンの実力からして
『トータル・リコール』の映像美も期待していたが、
『あれれっ?』どうしちゃったのって感じてしまった。
後に彼はアメリカを棄て、母国オランダで活動していることからすると、
興行主義者に感性を剥ぎ取られたのだろうと想像できる)

中でも『マイノリティ・リポート』で表現されていた、
何もない空間を、手を振る動作だけで
画面を操作するような『より自由なアクション』には、
数年後現実化されるんだろうなと、
感動しながら画面を食入って見ていた。

現実化した。

『Project Natal』

先月発表されたので既に知っている人も多いと思うがXboxの
新機能。



http://www.youtube.com/watch?v=9lzQPcKKJws

テレビの前に置いたカメラで人の動きを検知し、
コントローラー無しで、
手足の動作をそのままゲームプレイに反映される。
まさに『マイノリティ・リポート』だ。

可能性は無限だが、アパレル業界の目線で注目すると、
画面から販売員が服を見立て、
バーチャル上で着替えられる事が
自宅のリビングで手軽に出来てしまうという点だ。
相当リアル店舗も考えないと、増々店頭に人が無くなってしまう。

『ヤバいね』

低価格に押されている市場や、
『GILT』のようなスーパーブランドが、
リアルタイムで値引きされるという
『価格ありき』
だけではない、別の選択肢を見出さないとね。
ドキドキするような刺激的な空気感が
そこに存在するとか。。。。基本に戻ってみる事かな?

ウオォークマンを産んだこの国が、
i-podを開発できず、
ゲームの世界でもやっぱり発祥国だった日本が、
すっかり後進国になってしまった感がある。

もっと頑張ろうぜ日本のモノ作り!!
近くひっくり返してやろうな!

サメ

自分の先祖はサメに食われたんじゃないかな?
もしくはサメを捕って食べていたか?
いずれにせよサメと聞くと昔から
何故だか無性にDNAが騒ぎ出す。

映画ジョーズなどのグロイ映像はめっぽう苦手だが、
ナショナルジオグラフィックなどで、
その特集などが始まってしまうと、
ついついTVの画面にかじり付いてしまう。

尖閣諸島近辺では『大物の巣』があると聞くが、
1度勝負してみたいものだ。
な〜んて、ロマンを語るのはいいが
情けない事に自分は典型的な『The 船酔い野郎』だ!
よって『大物の巣』に着く頃には、すでに勝負有りだろう。

そんな永遠にサメキラーになれない(なれっこない)
『The 船酔い野郎』に『もってこい』なサメグッズを紹介しよう。

tea infuser
グラスに浮かぶ『茶こし』
サメの最大の特徴である背びれで彼奴らを表現している。

画のように赤系のハーブは何となくグロい。



もう一つ紹介。
Ice Tray(家庭用製氷機)
やはり背びれだけのデザインだが、
1つのグラスに2、3匹浮かべれば、
憧れの『大物の巣』が完成。

このメーカーはジョークが効いていて、
Trayそのものに『かじられた後』も細かく表現されている。



夏の暑さを忘れさせてくれる、
にわかサメキラーにお勧めのグッズでした。

天才児?





夏が『加熱』するとともに、自分の中の不快指数も上昇し、
結果、冷蔵庫を開閉するという『行為』が増えてしまう。

室内では静寂に心地よさを感じているフレッシュな食材達も
こちら側のその『行為』が繰り返されるたびに、
温度も加熱され、彼等もまた不快指数が上昇し、
鮮度はどんどん『かなしいお知らせ』へと近づいてしまう。

さらに、エネルギー消費も効率悪く、
月々の電気代もやっぱり『かなしいお知らせ』へと近づいてしまう。

それら『かなしい』を解決してくれるのがこの冷蔵庫。
『flatshare-fridge』
デザイナーはウィーン(オーストリア)のApplied Arts大学の
Stefan Buchberger(ステファン・ブックバーガー)

コンセプトは『ルームシェアをする際、
共有の冷蔵庫の元で多くの問題があった(笑)ので、
それらを解決するために考えた結果、このデザインになった。』とのこと。
『誰がこの冷蔵庫を掃除するんだよ』ってところから始まったらしい。(マジで笑える)

よってこの冷蔵庫は、数人のルームメートと同居する、
いわゆる『Flatshare』のために設計された。

必用に迫られた学生生活の中から誕生したデザインであって、
冒頭の『消費電力が』とか、『エコだ』とか、一切触れていないし、関係ない。(笑)
『天才』だね。

こういう『センス』が、時より世界を本当に変えてしまう、
『キセキ』を起こす可能性がある。

どんなに小さな疑問でも、現状に妥協せず、
デザインという方法で解決(カタチに表現)できた事は
凄く素晴らしい事だと感じる。

ちなみにこの冷蔵庫は、基盤と最大4つのモジュールを自由に積み重ねられ、
表面のグラフィックもカスタム設計できるようだ。

しかしグラフィック、カスタムメイド出来ますっていっても、
この『コカコーラ風』のドリンクを、笑顔でラッパ飲み?する
真っ赤な口紅の女の子をレイアウトする感覚は、
狙ったのか?衒ったのか?真面目に?なのか、、、

自分的には真面目に!であって欲しい。

ほら、よくノーベル賞取った博士達の素朴な表情や、
全く気にもしないファッション感覚って
『かなしいお知らせ』ってより、
なんだか微笑ましくも愛らしくも感じてしまうよね、
ブックバーガー氏もまた『その天才児』でいて欲しいな。

彼の作品を見て、『鼻の高い』批評家大先生達の中に
『私は起こる前に、闘争を避けるために共用空間に
プライベート・スペースを持っているという考えが好きです。』って、
哲学っぽく雄弁に語った人がいるみたいだけど、
いいから黙って素直に拍手しておけって言いたい。
どうせ天才児には届かないだろうから。

横綱


味の素は今年で発売から100周年。『Congratulations! 』
それに伴い、100周年記念モデルを8月24日に発売。
パッケージデザインは、Marc Newson(50g瓶)

彼はオーストラリア、シドニー出身で、
現在はロンドンとパリをベースに活動しているプロダクトデザイナー。
1898年に発表した『エンブリオチェア』『スーパーグッピーラン
プ』で一躍注目される。

家具、家電、腕時計、レストランや飛行機のインテリアデザインと
多岐に渡る作品を発表、
日本でもauの携帯電話等手掛けた事もある。

モダン?、洗練された?かどうかは別として、
シンプルなデザインでありながらも、
『味の素』のブランドロゴをどっしり力強く表現する事で、
ブランドアイデンティティーを広告として
打ち出す事に成功している。

王道というか横綱を感じる存在感だね。
この50gの売上目標は、09年で約2億円(消費者購入ベース)
だそうで、
いろんな都市伝説に屈しなかった『味の素』が
このようなデザインの力で堂々と卓上に並ぶ事が実現すると、
もっと売れる、いやデザイン力を信じている自分としては
売れて欲しいと願う。

あまり知られていないかもしれないが、
彼は1987年から1991年までは東京を拠点に活動した時期も有っ
て、
その当時の日本文化を肌で理解していた上で、
この作品なんじゃないかなと感じる。

だからモダンというよりかは、どこか懐かしく感じる。
80年代彼が日本で過ごした際、
食事処でキッコーマンの『アレ』をよく見たんじゃないかな?

クレイジーな人たちへ

ディレクターとしてTVCF(CM)を作成する時、
その特徴は、クライアントの要望=CF自体のコンセプトを出来る限り集約し、
そのクライアントの性格を『Hint』に、ストーリー性を持たせ、
15秒(実際は15秒以内)で創造をカタチに変化させる。

今ではよく使う手だが、
『続きはWebで』のハシリだったり、
台詞を無くし、アニメーションだけで企業IRとイベントの告知を表現したり、
必ず今までに無い、規制にとらわれない『前進』を追求している。

予算も決して『青天井』ではなく、また当然納期もあるため、
色々な意味でかなりシビアな世界ではあるが、
完成(前進)した『感触の味』を知っているため、
『寝食を忘れて』打ち込める。

そのせいなのか、CFは聞き流す事が出来ず、
そのクオリティーの高さや創造力などついつい真面目に向き合ってしまう。

今では自分のCREATIVE WORK、
ひょっとしたらLIFE WORK全体の中で
『よりどころ』となってしまったバイブルが有る。

ジョブズ氏がAppleに復帰した、
97年から開始された広告コピーで、
かつてアメリカで「エミー賞」を受賞したCF "Think different"だ。

『クレイジーな人たちへ』という一文ではじまるこの『散文』、
Appleの『企業理念』が、さまざまな分野で『偉業』をなしとげた
『天才達』
〜アインシュタイン、ボブ・ディラン、ジョン&ヨーコ、
キング牧師、、ガンジー、ピカソ〜などなの
ポートレイトとともにレイアウトされている。



http://www.youtube.com/watch?v=4oAB83Z1ydE

自分のシステム手帳にはこの『散文』が
差し込まれ、いつも持ち歩いている。

80年代後半、ジャンポール・ゴルチェが
『絶対新しいものを創り続ける』と言い切った。
あの言葉と強靭な信念、そしてこのAppleの『散文』は
自分にとって大きな力となった。


『クレイジーな人たちへ』

クレイジーな人たちがいる。
反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。
 
四角い穴に、丸い杭を打ち込むように
物事をまるで違う目で見る人たち。

彼等は規則を嫌う。彼等は現状を肯定しない。

彼等の言葉に心をうたれる人がいる。
反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。
しかし、彼等を無視する事は誰にもできない。

なぜなら、彼等は物事を変えたからだ。
彼等は発明した。創造した。
人の心をいやし、奮い立たせてくれた。
彼等は人間を前進させた。

彼等は人と違った発想をする。
そうでなければ、何もないキャンパスの上に
芸術作品は見えて来るだろうか?
静寂の中に、今までにはない音楽が聞こえて来るだろうか?

私たちは、そんな人たちのための道具を作る。
クレージーと言われる人たちを、私たちは天才だと思う。

自分が世界を変えられると
本気で信じる人たちこそが、
本当に世界を変えているのだから。

7・17

今日は生きていたら兄弟の誕生日。
(今夜は好きだった『赤』で一緒に一杯やろうな!)
彼の誕生日が忘れられないのには理由がある。

7/17日、
それは今日の京都が『コンコンチキチン、コンチキチン』だからだ。

京都人ならこの文字を見るだけで、
リズムが加わり画像まで容易く創造できるだろう。

そう祇園祭だ。

自分の学区内でもあった京都の八坂神社の祭りで、
大阪の天神祭、東京の山王祭と並んで日本三大祭りの一つ。

また、岐阜県高山市の高山祭(花火が凄い)、
埼玉県の秩父夜祭と並んで日本三大曳山祭の一つでもある。

しかもその高山祭、
滋賀県の長浜曳山祭と並んで
日本三大山車祭の一つともなっていて、
まさに日本を代表する祭。

ちなみに母の里が岐阜県高山市の隣町の古川という事も有り、
幼少の頃、長期的によく預けられていたため、
こちらの祭りもよく憶えている。

産まれながらの祭り人だな。


この時期は祭りだけではなく、
京都の風物詩『川床』が恋しい時期でもある。

昼間の盆地特有の『べったりした暑さ』と、
都会の雑踏の音から逃避し、
鴨川の川のせせらぎと、川水を抜けて澄みきった心地よい風を感じながら、
水面や河原に張り出した川床の上で、
鱧や鮎を肴にお酒をいただく!
良いねぇ! 実に良い。

今夜は東京なのでそれとは異なるが、
奇しくも?、今夜目黒でオープンする、
炭火焼『ささの』で舌鼓を『コンコンチキチン、コンチキチン?』と
打ってこようと考えている。

自分が料理界(特に肉とワイン)で最も尊敬する人物の1人『笹野 泉』師が
こじんまりと小さな隠れ屋をプレゼンテーションされるようだ。
今日は『肉と赤』だな!

ちなみに彼が以前おられた店で出していただいた肉料理は、
東京で一番美味い!
彼のプレゼンテーションをこよなく愛すゲストも、
芸能界(味のわからないガキではなく大御所)、
アーティスト、一流企業の社長様達、プロアスリートまで幅広く、
平均年齢も肉料理にしては高い。
ガキに荒らされたくないな。

笹野さん実に楽しみです。
よろしくです。
7/17オープンって、この店も忘れられなくなりそうだ。





水を得た魚

様々な価値観が有るから、色々なDesignが存在する。
よって良いDesign、悪いDesignという定義は存在しないし、
そんな考えなんて必要がない。
そもそもDesignという性質そのものが、
その対象者にどう受け止められるかが重要で、
それすら求めないのがartだ。

Designはビジネスであり、
artは探求であって対象は共感者のみで良い。

ではDesignがビジネスであり続けるためには、
その対象が最も重要で、それを掛け違えると、
当然ただのゴミくずとなってしまう。
何とも『切なくもったいない話し』だ。

世の中を変えるかもしれない素晴らしい感性を備えた
創造主達(デザイナー達)の努力は報われず、
そこには残念な未来が手招きをして待っているのだ。

デザイナー達も生物(なまもの)なので、
昨日まで否定され続けて心身共にぺたんこになっていても、
場面が変わったとたん『水を得た魚』と化し、
期待を遥かに越えた結果を出す事も多々有る。

ようはその生物(なまもの)をコントロールできる存在が、
常に隣に寄り添っているか、そのもの自体に、
最適な場面に落とし込む技術が有るか無いかで生死を分けてしまう。

よく前提として『Designとは人が豊かになるためにある』
という節の意義を唱える人種が多いが、
今では自分は全くそうは思わなくなってしまった。

日に日に環境問題が取り上げられるにつれて、
自分の中のDesignの対象が、
『人から生命、生命から地球へ』と変わり出し始めて来たからだ。


『次は2012年で終わるよ』
というマヤ暦の終末論が待っている今、環境問題の影響からなる様々な天災が、
その原因ではないかともいわれている。

今年の11月に公開予定の、
『インデペンデンス・デイ』『デイ・アフター・トゥモロー』の
ローランド・エメリッヒが手掛ける『2012』でも、
その事を題材に描かれている。
もはや人類の貧弱な力では、未曽有の地殻大変動に太刀打ちできず、
だったら強靭な想像力で『ノアの方舟』(しかも近未来型)を作って、
一つでも多くの命を救いましょう!という内容だ。(ザクッと)

今日は耐え忍ぶノアの方舟は紹介できないが、
誰でも環境問題と向き合うきっかけを
『楽しく体感できる』方舟を紹介します。

フランス人デザイナーのBenjamin Graindorgeが創造した、
『Floating Garden』

ポンプを使って水槽内の汚れを水上の『水に浮く小さな庭』にくみ上げ濾過。
その庭からしみ出す水を水槽に還元。
水を交換する必要がない、いわゆる循環する生態系(自然)を見事に実現している。
まさに方舟だよね。
でもこれって実は自然そのもので、いたって普通の題材なんだが、
そこはやはりデザイン力!

デザインの力を持って環境を考えさせられるこのプレゼンテーションには
素直に拍手を送りたい。またその価値を自分は感じる。

*この水槽の中の魚のように美しい環境で、活き活きと泳ぐ
『水を得た魚』にこの商品が成るかは見物だね。

『コツ』

そもそも自分はファッション出身で、
下積みの約8年間は、デザインというよりも服の世界で最も基本にある
型紙作りに専念していた。
しかも『紳士服』という厳格でお固い世界にあえて身を投じていた。

今ではその数は母校の後輩に抜かれちゃったが、
当時は『賞取り屋』なんて呼ばれた事も有るほど、
ありとあらゆるファッションデザインコンテスト(ウェア)に参加し、
賞を頂いていた時期があった。その副賞でフランスに行けたりもした。

それらの特徴は、自分でデザインしたものを自分で縫製し、
その感性度を競うようなもので、
当時は今以上にそのコンテスト自体の数も多かった。

レディスのコンテストしか参加した事がなく
(メンズのコンテストは、ほんの一握りしかなく超マイナーだった)
ある時メンズ専門で歴史の有る、東京のコンテストに無謀にも挑戦したくなり、
応募した結果、*やっぱり1次審査が通ったため、
いつものように自分で型紙作り〜縫製(仕立て)という行程に入った。

*やっぱりというのには理由があり、
審査を通過するための『コツ』のようなものがあって、
繰り返されるコンテスト参加の経験からか、
何時しかその『コツ』というものを習得していた。
同様の感覚を習得したクリエイター(常連組)が全国に数人存在し、
彼等とのコミュニティーは今でも続いている。
ちなみに審査する側も、そのイラスト画(コツ)をみて
誰の作品かわかるまでになっていた。
このメンズのショーでは、顔の知った審査委員は
メンズ、レディスといった世界の違いからか、
誰一人知らなく、それゆえ楽しみでもあった。

それまではレディスしか創った経験がなく、
母校もメンズは教えていなかったため、
独学で試行錯誤し、満を持して最終審査に向かった。

審査はノミネート作12品を全てモデルに着用させ、
ファッションショーのようにステージを歩き、
審査員達はその感性度を見てジャッジする流れである。

自分がそのショーの先頭バッターだった。
自分の感性を纏ったモデルがいつものようにステージを歩いている。
次の作品、その次の作品、、、
たまたま居合わせた賞取り屋の知人が『今回はAZZAMIだな』と呟いた。
確かにどの作品を見ても、『感性』というより『完成』で、
『メンズ』というより『紳士服』。
過剰なポケットチーフや帽子こそ有るが、
全てがカチッとした教科書通りの服。つまらん!
到底東京のコンテストとは思えないローカルな香りがするものだった。
自分は上着とボトムが一体となった『radical economics』なるモノを
提案していた。

順位を発表するため、ステージ上に12体が横一線に並んだ。
その時である『違和感』を感じた。
それは『radical economics』とは果てしなく別次元の、
自分の作品に異常な程『違和感を感じた』。

“女性”である、自分の創造は明らかに女性のシルエットだった。
『丸く甘い』他のそれとは全く別の種だ。

結果惨敗!特別賞にも引っかからなかった。

どうやって関西方面に帰ったのか今でもよくは思い出せないが、
その新幹線の車中で、悔しさとは別の
『ポジティブな疑問』が頭の中を満席にしていた。

服の基本は紳士服の型紙に有るのではないか?

その後、8年という時間との戦いが、疑問を解決させた。
お陰で、簡単なジャケットやブラウス、ボトムなど、
針さえあれば自分で縫えてしまう。

紳士服で大切な『コツ』の1つにアイロン掛けがある。
イセ込みという技法で、生地を寄せたり貼りながら
熱と圧でカタチを構築する方法。
展示会ともなると、1週間前からこのアイロン掛けを
終日(1日約50〜80着)汗だくになりながら行う。
故にアイロン掛けには相当自身が有る。
(アイロン掛けというのは熱や蒸気というよりは、
圧力が重要で、よってプロが使うアイロンは意外と重い)

目指すは『弘法筆を択ばず』なのでアイロンにはそれほど拘らないが、
自分にとってアイロン掛けは『圧をかける』=『体重を乗せる』ため
アイロン台は生活必需品。
しかしこのアイロン台というのは厄介モノで、
場所を取るし、組み立てるとたまに指を挟んだりするので結構ストレス。

そこで今日紹介するのは、デザインというより機能モノ。
もう少しデザイン性が欲しいところだが、
こういうの有りだねって素直に感じる。

日本の家電メーカーと共同開発したいところだ。
販促宣伝の『コツ』は『CDT』で知っているので、
誰かこのブログ読んでくれないかな(笑)。

『トホホ族』

素人の『The 男の料理』というのは、
比較的大胆で無骨タイプ(ガテン系)が多い気がする。

それは料理の内容だけではなく、購入動向からしてそう感じる。
『旦那に買い物を頼むと、いつも余計なものまで買って来る!』
『こっちは日々の家計を考えて購入しているのに、
何も考えずに平気で高いものを買って来る』なんて、
世の奥様達の声に聞き憶えがある人も多いと思う。

間違いなく自分もその『部族』だ。

自分にとってデパ地下やマーケット(市場)というものは、
近場の入場無料のプチ水族館や植物園のようなもので、
(特にワクワクしながら真っ先に向かうのは、決まって魚売り場!)
新鮮な食材を見て回るのは、ちょっとした遠足のような気分に浸れるため、
その環境が意外と心地よい。

元々は仕事で見知らぬ土地に出かけた際、
時間があると必ずその土地のドメスティックのマーケットを見て回り、
その土地の生活水準や、消費動向を見極める為に始めたのだがきっかけだが、
見た事の無い魚や珍しい食材に出会ってしまうと、
『仕事そっちのけ』で、興味の対象はその1点に釘付けとなってしまい、
いつしか、仕事というより半ば趣味で、
各地のマーケットを見て回るようになってしまった。

最近のデパ地下も、市場競争の激化の影響もあり、
『差別化された個性』を明確に打ち出している店舗が増え、
やはり聞き憶えの無い食材が、全国各地をはじめ世界各国から取り寄せられ、
店側の『VMD』の効果も手伝ってか、
新鮮なそれらと出会ってしまうと、直感的に反応してしまう。

大漁旗の元、天然の尾頭付きの魚達が、
『特盛』のクラッシュアイスの中に活き活きと並べられ、
大胆に無骨で、墨字によって『何処何処冲、何々産!』なんて『横綱級』で
描かれた日には、勝手にその漁港や、荒々しい大波にもまれて、
命がけで海と勝負する『海人』気分になり、
無意識のうちに買い物かごに『ポンっ!』だ。

親切に店員さんに『処理をしておきますか?』
なんて言われた日には=『負け』で『大丈夫、自分んでヤル!』
ってついつい言ってしまう。

『男買い』まさに後先考えないガテン系購入パターンだ。

家に帰ってまな板に乗り切らないサイズであっても、
オーブンに入らなくても、出刃包丁がかけてしまおうが
そんな事はもうどうでも良い、
ロマンが先なのだ(野性だ!)

でうちに帰ると。。。。トホホの『特盛』。

よせば良いのに、どうせ『たいして使いこなせもしない』のに
そんな『トホホ族』が,またまたこだわってしまうのが『調理器具』。
その横綱級が『包丁』!

残念ながら自分のような顔をしていると『合羽橋』で包丁を購入しても、
先ず無事には家に持ち帰る事は出来ない。
まして調理師でもない『ズブの素人』が
刃渡り何センチのそれを買ってしまうと
今度は自分が原宿警察署に『ポンっ!』だ。

そんな自分のような素人の『トホホ族』にぴったりの包丁がこれだ。
『NeoLithic Ceramic Cooking Knives 』
(新石器時代のイメージで創造されたセラミック性の料理用ナイフ)


NY在住のデザイナーMatthias Kaedingがデザイン。
彼の特徴は『視覚の戦略家』。
彼にとって機能は究極のゴールであって、
自身の美に対するインスピレーションを先ずは前面に
『ぐいぐい』打ち出すタイプ。

このナイフが持つ形、精度、機能性、目に見える様々な
『 essence 』はその感性に直線的に刺激してしまう。

斬るも良し、叩くも良し、つぶすも良し。
止む事なく世の『トホホ族』を増々ヤル気にさせてしまうだろう。
『仕方が無いね』このデザインだから、、、、
大漁旗に通って,また大量に『男買い』してしまうね。(言い訳)

*ナイフ自体も『ヤバい』が、
パッケージを含めたプレゼンテーションは、
細部まで気を使っていてかなり気持ち良い。

自分は、彼のルームフレグランスを愛用しているが、
ビジュアルもさることながら中身のその香りは完璧に『SEXY』の極み。
それがゆえホームパーティーで『感度の鋭いコ達』が室内で
『催し』されても困るので、リビングでは使用せず、
トイレ行きとなっているが、
センスの良い『ゲイのコ達』は必ず反応してなかなか戻ってこない。

いいから早く戻って来てトホホ族の『The 男の料理』食えっつうの!




knitted coffee sleeve

自分は猫舌だ。
『ちゃきちゃきの江戸っ子』に言わせたら、
ハナで笑われてしまう位ヤバい。

おまけに猫Body。
熱い風呂には入れないし、触れもしない。
増々“キャツラ”(江戸っ子衆)に笑われてしまう。

よく“キャツラ”は『アツアツが美味しいんだよね』とか
『風呂は熱くないとね』なんて、ワケのわからない事を自慢げに話すが、
自分にとっては全くもって『一昨日きやがれ的な話し』で
そんなサウンド(会話)は一切『この耳に届かない』。

*サウンドはサウンドでも、食事中音を立てて食べる人間は
(次から決して誘う事はない)、
人間とは思わないが、揚げたてのあの天ぷらの『サクサクサウンド』だけは
悔しいが実に美味そうに聞こえてしまう。
自分には決して出せない『サクサクサウンド』。
きっと音だけでなく味も美味いんだろうな。。。。

カフェで頼むHot Teeもまた強敵で、
飲めばやけどが待っているし、
手に取ろうとすると熱くて指先が『ジンジン』して持てない。
飲むまでに時間もかかってしまうので、
寒い日であってもいつもはiceを頼んでしまう。

最近は『 coffee sleeve 』なんてモノも出回っているが、
『どう見ても後付けのデザイン』かつ、『エコじゃないから』
というような取って付けたような『不自然な言い訳』をして、
それらに頼る事すらしない。

そんな『不自然な言い訳』では逃げられないアイテムを紹介する。
『 knitted coffee sleeve 』



いたって普通。
そう思えるくらい目になじむ『ナチュラルなアイデア』。

その質感から作り手の温もりや、何処か昔懐かしい香りが漂う。
実はこれ自分のような『猫手派』にも良いが、
iceの時に出来る水滴もとってくれるので、その幅は広角だ。

紙のsleeveように安易に『ポイ捨て』ではなくて、
これなら何度も繰り返し使えるし、その安易な発想の抑止力にもなるだろう。
ある意味エコだね。

数年前実家に帰った時、食事を終えて後片付けをしようと台所に立つと、
目の前に、見慣れないニットで編み込まれたカラフルな布が数枚あった。
母に聞くと、ニットの残糸を集めて自分で創ったとの事。
そしてそれをスポンジ代わりに食器を『ゴシゴシ』と洗うのだと。
確かにスポンジを買う事なく、残った糸でその代役を果たすというのは、
ある意味環境に優しくエコ活動の1つかもしれない。


消費という行為は、人類が生きる為の勝手な都合であって、
まさに『不自然な言い訳』。
地球に住ましてもらっている我々が、その消費の方法も意識したいと感じる。

本物

自分らしさをカタチに表現出来ず、
存在自体にいったい何の意味が有るのか?
毎日をイライラしながら『Original』の探求に明け暮れていた10代後半、
その『欠落した感性』と『さよなら』をしたくて、
愚かにも何度も死を選択しようと、刃物を身体に突きあて、
睡眠薬も大量に飲んだ『幼稚』な時期があった。

そんな情けない『人生逃亡者』がある人物と出会えた事で
その『人生逃亡劇』に『さよなら』が出来た。
その人物とは

『Masa Akashi』
http://www.mm-art.com/

彼はまぎれも無く私の中の『伝説』。
(日本人として初めてアメリカン『VOGUE』に
イラストレーター及びアドバタイジングを手掛けられた、
輝かしい実績を持つ、いわゆる“本物”。)

私自身の悩みや疑問、思考に対し真正面から向き合い、
底知れぬ『愛』をイラストレーションを通じて説いて見せた。

“本物”(恩師)との時間は、常に独特の張りつめた緊張感に包まれていたが、
それでも唯一心が静まる、安らぐ、汚れたものを脱がされるような、
スッキリ裸にしてくれる『明確で快適な空間』がそこに準備されていた。

*彼は関西で活動されているため、私が東京に出る際に、
彼の師匠でもあった、故長沢 節先生をご紹介頂け、
その後、東京での私の活動に大きな後ろ盾が出来たような、
心強いパワーを授かった。(先生本当に心から感謝しております)

その『本物』がキャンパスに向き合う瞬間は凄い!
全てがインパクトの爆弾のようだった。
特に基本のデッサンへの取り組みは、今でも私のモノの見方についての『バイブル』だ。
『目で書くな!』
被写体を逆さまにして描く訓練、
そのもの自体を見るのでなく、その境界線だけを意識して1本の線を引く手法、
美とは別の目的で構成される、電車の中刷りを決して見るな!など。

要は無意識のうちに様々な情報が、日常生活の中でどんどん飛び込んで来る。
何かを表現する際に、それらが気が付かないところで影響を及ぼし、
結果そのものを美化しようとしたり、事実を歪ましたり、
その『無意識』が邪魔をして、事実とは異なる『別物』を表現してしまう。

『日頃から自分に必要な情報と、そうでない情報を見極める力を持ちなさい』と。
先生そのお言葉、今尚守っています、ありがとうございます。

『弘法筆を選ばず』にあるように彼もまた筆を選ばない。
落ちている枝を拾い上げ、その枝先にインクをつけ、
瞬時にキャンパスに命を宿す。
枝先の特徴を指先から伝わる神懸かり的な感覚で瞬時に見極め、
枝先を回転させるように、時に激しく強く、時に優しく繊細に
キャンパスに突き刺すように描く。『本当にヤバい』
その命を宿すスピードは超高速だ。

自然の光景の『瞬間の場面』を見逃さず、
『嘘偽りのない真実そのもの』の一瞬の時間を、
目の前に取り出すような感覚で制作に向かう。
『Masa Akashi』師とはそんな人だ。

今日紹介したい作品は、イラストレーターとは異なるが、
若くして既にそのステージに立っている“木の作家”
『Ernst Gamper』
彼はドイツミュンヘン生まれの作家で
倒木や流木などを、陶芸のように『ろくろ』を使って削り出し、
そもそも木に宿る命をそのまま取り出すかのようにして制作を行う人物。
素材の特徴=真実
(師の活動との関連性が非常に高い)

エルンスト・ガンペールの加工方法は独特(Original)で、
水分を良く含んだ状態で木を加工する事にある。

加工された木は次第に乾燥(完成)に向かうが、
素材自体が持っているそれぞれの性格に導かれるようにゆっくり動き始める。
年輪や、節目と会話しながら、時にひび割れ、時に歪みながらその作品は完成する。

師もそうであるように彼もまた、『本物』のモノ作りとは
その素材と雑念無く正直に向き合う姿勢や、
その素材との対話によって創り上げられていくものという事を
頭ではなく感覚で知っている気がする。

創造には限界など無い、また創造に完璧なものなども無い。
ありのままの自然からの恵みを、『本物』を通して創造することに
クリエイティブの価値と存在意義を感じる。









http://www.ernst-gamperl.de/


ロハスの『ス』

先日パシフィコ横浜で開催された、
『GreenExpo』(エコ)のコンベンションに参加して来た。
まだまだ規模も小さく出展者もまばらで、
主には物販が中心であったが、その課題が我々の時代に
『ぴったり寄り添い続ける問題』なだけに、
このような活動や関心事には、“Sustainability ”(サステナビリティ)が非常に重要となる。
数年後には今以上に関心者が増え、出展者の幅も広がる事を強く望みたい。

*サステナビリティとは、大きくは『持続可能な』
『ずっと保ち続けることができる』の意味で、
最近では環境問題やエネルギー問題について使用される事が多く、
人類活動において、『文明の利器』(技術)を用いた活動が、
目前の『今』が良ければいいという幼い考えではなく、
将来にわたって飽きる事無く、持続できるかどうかを表す『概念』であり、
企業の環境保護活動や社会貢献活動、
また企業倫理への取り組みなども含めた広い意味でも使われている。

ちなみに『GreenExpo』の会場でよく目にした『ロハス』という言葉は、
(最近エコという言葉が盛り返し普及した為か、久しぶりに聴いたサウンド)
“Lifestyle of Health and Sustainability”の略で
つまりサステナビリティという言葉は、ロハスの『ス』にあたる。

そこで今日紹介したいのが、そのロハスの『ス』がテーマの博物館 、
『カルフォルニア アカデミー オブ サイエンス』(以下CAS)

CASは、1852年創立の歴史ある科学アカデミーで、
08'(去年)秋にリニューアルオープンし、
それまでサンフランシスコ・ゴールデンゲートパーク内に点在していた、
『水族館』『プラネタリウム』『自然博物館』を1つに集約し、
世界最大規模の博物館に生れ変わらせた。

“サステナビリティ”(持続可能)な未来を目指したこの『希少なハコ物』は、
中身のプログラムから建物のあり方細部にまで、その『ブレないコンセプト』が
『ザクッ』と立て串が通っていて気持ちが良い。

屋根には太陽光発電と緑化庭園(北カリフォルニアに生息する植物が170万本も植えられている)
雨水を循環させ、植物やトイレに利用。
建物自体の建材も、以前の施設の解体時に発生した材料の90%以上を再利用し、
火力発電所から出た廃材を混ぜたコンクリートと、
断熱材に中古デニムを含んだ珍しいリサイクル材を開発し使用している。などなど。
まさに今の『文明の利器』(技術)を装備した新しいハコものである。

設計は、パリのポンピ・ドゥーセンターや関西国際空港旅客ターミナルビルを手掛けた、
イタリアジェノバ地方出身のレンゾ・ピアノ。
コンセプト通り“サステナビリティ”な建築デザインだが、
そのロハスの『ス』に約500億円の資金と4年が費された。
その収支もどう考えられているのか見てみたい。
ただ確かにこの大型施設『ハコもの』はその未来を見た気もする。



『豊かになること』(経済発展)と『環境を守ること』は決して対立するものではなく、
またどちらかを『犠牲や我慢する』といったものでもない。
双方を両立させる為には『しっかり環境を守りながら、積極的な経済活動』を
していく必要があるというのが、
ロハスの『ス』(持続可能)な発展の基本的な考え方だと感じている。

Freeze!!

君の趣味は?と問われると正直困ってしまう。

永年にわたり『冷める』事なく継続的に、
同じ『温度』で何かに没頭し続ける事って、恥ずかしながらあまり記憶が無い。

当然寝食を忘れて何かに打ち込む経験は、けっこう多い方だと感じているし、
またそれ程『物事に飽きやすい性質』でもない。
自分自身が『趣味自体の定義』を、よく理解していないのかもしれない。

ただ何かを創る(考える)という行為には『特別な愛情』が注がれるようだ。

絵画、短編小説、建築の内外装、植栽、創作料理ってのも意外とその対象になる。
きっと『思考の体操』が自分ではいわゆる『趣味』に当たるのかもしれない。

仕事ってそんなものかもしれないが、プロデュースやディレクションといった職種も、
それなりに魂や神経をすり減らしてしまう。
たった一晩で2、3kg位体重が減る事なんてざら。
(滝のような汗を流す事もなければ、食事制限している訳でもないので
魂や神経の重さ?がその対象となっていたとしたら面白い話しだが、
主旨がズレるのでまた別の機会にそれらについて記したい)

仕事というその見えない『圧力の壁』を越えた際、
自身に対しての『熱冷まし』や
次にその魂を燃え上がらせる為の『火種』を探す為に用意されているのが『旅』である。
それは『思考の体操』とは別の何か大切な『習慣的な儀式』のようなもので、
こちらの方がひょっとしたら趣味に当たるのかもしれない。

その『旅』でのこだわり(いつものスタイル)は荷物の大きさにある。
仕事柄国内外をぐるぐると出回る事が多く、
その経験から荷物は意識的に小さくしている。(人から言わせると異常に少ないようだ)

理由は
1、時間を最大限有効活用させたいため、ベルトコンベアから荷物が出て来るあのまったりとした『待時間』が大嫌い。
2、またその際、自分の荷物か他人のモノなのか、目前に来るまでわかりにくく慌ててピックアップする動作が見にくい。
3、預けた荷物が無くなった事が有る。

そういう経験からNYやUKであろうが、タイや香港であってもトートバック1ヶだけ。
ただし清潔感やTPOを守りながら、その中身だけで1〜2週間は生活する自身が有る!
これは『CDT』でも仕事を手伝ってくれている、
『MONOCLE』のタイラーブリュレと同じ思考だった。
*ただ彼の場合は手荷物1ヶで1ヶ月生活出来る自信があると言っていた。
上には上がいるもんだ。

そういった点からすると、我々にはあまり関係のないアイテムではあるが、
今日紹介するアイテムは、理由2の完全解消と、
1の際、周囲の反応が楽しめるといった『へんてこな』優越感を味わえるかもしれない。

仏ストラスブルグ在住の『PINKWOLF』のスーツケース。

手斧、ナイフ、拳銃のシリーズがある。
外側のカラーリングは、実にフランス人らしく、少し濁らせたような絶妙な色彩感覚。
また印象の異なる中側のカラーチェンジは、デザイナーの若々しさが伝わって来る。

空港の手荷物検査時に、確実に中身を調べられる『迷惑なヤツ』です。(笑)
チェックが厳しいNYの『JFK』だと、警官に『Freeze!!』って本物の銃を突きつけられるんじゃないかな。

出張の多い友人へこれをプレゼントすると、洒落が効いててに良いかもね。


“水”

恐らく自分は水分を良く取るタイプだ。

理由は2つある。

1、子供の頃、超ハードなスポーツを習っていた。
しかし、今では考えられない、いわゆる『水を飲むな!』世代だったので、
全く『それ』を与えてもらえず、バレた時の身の毛が逆立つ“リスク”覚悟で、
こっそり飲んだ程、『それ』は貴重で大切な存在だった。

2、そのハードなトレーニングが影響してか、
左右の腎臓を患ってしまい、担当医からは
『日頃から水分をしっかり補給しなければ、将来シンドイ事になるよ』という
『ありがたいお言葉』を完璧に無視してしまったがために、
今でもその『ツケ』が付き纏っている。

以上の2点から、普段の思考の中で“水”に対しての意識の割合はかなり大きい。

常時1.5Lの『Volvic』と750mlの『Perrier』が冷蔵庫を占領していて、
Volvicが2ケース、Perrierが1ケース、綺麗さっぱり(1週間くらいかな?)
上から下へ『大河』のごとく『ザーッ』と通り抜けて行く。

きっと経済的にも環境的にもあんまりヨロシクない話しだろうが、
そいつら2匹は生活の中において相当『Lovely BABY』なので
こればっかりはなかなか浮気出来ない。

そこで“水”に対して異常な執着心を持つ自分が
ちょっと気になった商品を見つけた。

『Penguin Sparkling Water Maker』





水道水やナチャラルウォーターを、電気を使わずして
ガス入り炭酸ウォーターに変えてしまうという優れもの。

本当に電気を使わず、ペットボトルの『それ』を買わずに済むのなら、
彼等が“云う”色々な意味で、環境に優しい商品なのかもしれない。

後はどのような環境でこの商品が生産されているかだ。
水にまつわる商品がゆえに、工場排水なども徹底的に意識されていたなら本物!
そういうブレの無い『エコ』本来のコンセプトを追求して産まれた商品なら、
『ペンギンキャラ』はさておき、拍手ものだと感じた。

地球全体に取って『水』は本当に大切なもの。

過去のそれぞれ個別の先人達から、
我々現代の地球市民の手によって、
まだまだ破壊し続けられている環境に、
『これって違うんじゃない?』と
以前に増して問題意識が高まって来た今、
その追い風を背中で感じながら、
技術やデザインの力で世に問えるような『示し』を創造し
大きくメディアを通して発信したいと本気で感じている。

未来に逃げず、絶対に自分たちの手で世界を変えてやる。







うどん

もともと京都のど真ん中に産まれてしまった事も有り、
何時しか食べ物についても、
それなりのこだわりと味覚を持った。

それは20数年前の事、東京に来て初めてうどんを食べた時の衝撃は、
今でも強烈に憶えている。

『あっちのうどんは黒いし濃いぞ』という『脅し』のような
関西方面の都市伝説を頭に入れながら、
もの珍しさに、うどん屋の暖簾を一人でくぐった。
関西でも『きつね』が自分の定番だった事も有りそれを頼んだ。

『おっこれか』確かに汁は黒く底が見えない。
『大丈夫なのか?これっ』周囲を見渡しても、
当然みんなは普通に『ズルズル』口に運んでいる。
『挑戦!』と自分に言い聞かせ『パクっ』
『んっ?』『思った程濃くない?』
2口目『パクパクっ』『おっ全く大丈夫だ』
『パクパクパクっ』『んっ?』喉が渇くし、なんだか舌がぴりぴりして来た。
恐る恐る汁を飲む『ゲホっ』『濃っ!』
それからしばらくは東京のうどんというのは、汁を最後まで飲むのではなく、
『あれはざるそばのように軽く浸けるもの』と勝手に解釈していた。
(今思うと。。。。だが)

入院中の母の見舞いの為、久しぶりに京都に帰る事が有り、
試しに実家の近所のうどん屋に一人で入ってみた。
近所すぎてその店に入った憶えがほとんどなかったが、
いつもその店は観光客と地元衆で繁盛している老舗だった。

店内に立ちこめる何とも言えないやわらかく優しいダシの香り、
心地良いその蒸気に包まれ、期待感を昂らせていると、
『あれっ帰ったの?』と割烹着の女将さんが。。。。
当然子供の頃から顔はワレている。
『ああっ』って、突検討な答えで交わし
(精神的な幼さと、ガキの頃はやんちゃ坊主だったので照れ隠しもあり)
きつねを『パクっ』『上手いし汁が透き通っていて底まで見える』
『パクパクっ』『本気で上手い』
あっという間に汁まで飲み干したとたん、
なんだか涙が込み上げて来た。
(うどんの上手さと母の病気の事が重なったのかな?)

翌日、同じ席に半身が少し麻痺していた母が、
幸せそうに息子の前でそのうどんを食べていた。
『ここのダシはこれとこれをこうやって、、、、』
女将と楽しそうに会話をしながら教えてくれた。
『昨日息子さんここで泣いてはったで』とチクられてしまい、
母が『なんとかの目にも涙やなぁ』って『あんたがいうなっ』

それから東京に帰っても、母の味や京都の味を意識するようになった。
今では母は認知症のため施設に入り、
残念ながら彼女の手料理はもう食べられないが
京うどん独特のあのやわらかく優しいダシの香りを感じるたびに、
あの当時、まだ私をしっかり憶えてくれていた母とのあの日を思い出が
懐かしくも切なく思い出させてくれる。

どんなであれ親の手料理を食べられるのも親孝行のひとつだと信じている。


http://www.chawanzaka.com/shops.html
この地図の一番下に有る『喜楽』がそのうどん屋。
ちなみに現在店は閉めているが参道の右上に
『多和田多門堂』ってのが母の店。

京都のうどんはダシの香りや味そのものが生命線なので、
そこで食する意外、上手いとは感じない。
そんな中、自宅でも手軽に食せて保存が効く、
乾麺でありながら、食感も喉越しも『上手い』と感じる
お勧めが、秋田の稲庭うどんである。
中でも気に入っているのは『寛文五年堂』。
http://www.kanbun.co.jp/

若かった頃お世話になった秋田のOOウィングという、
尊敬する縫製工場の先代社長が送ってくれたのがきっかけ。
良かったら是非。

将来性?

その文化から成長するデザインや機能がある。

進化し続ける定番(自分では本来のトラッドだと呼んでいる)が
プラットホーム化し、アウトプットで誰かがそれらに『source』を加えて行く。

結果、それらは1つの『Hint』となり、
全く新しく魅力あるプロダクトや使い方といった、
『次ぎの可能性』へと導き出してくれる。

ユーザーは『ヒトなつっこい文化』の変化を体感し、
受け入れるか否か、一過性のトレンドか永遠のカルチャーかを見極める。

今日紹介するのはイタリアの食文化と、
利便性の追求といった時流(時間のショートカット)、
そして本物志向(これも最近の流れの1つかもしれない)が入り混ざった商品。


持ち運びが簡単な『ポータブル ピザ オーブン 』

このピザオーブン、電源をシガーソケットから取れるようになっているので、ドライブ中でもキャンプ場に出かけても、たとえ災害時でも? 
熱々のピザがデリバリーピザより素早く頂ける優れもの。



これに注目した理由は、このピザ オーブンがプラットホームではなく、
車(シガーソケット)自体が、その可能性の広がりを
見せてくれたと感じている。

MP3やモバイルの充電をサポートしてくれるアイテムが、
どんどん現れてはいるが、このインパクトはヤバいでしょう。

電気を利用したエコカーが、
家をはじめ自身のライフラインのバッテリーの役割をしてくれる日が
すぐ目の前まで来ている今、こういう文化を背負ったプロダクトの動向には
好き嫌いの感覚は関係なく、注目してしまう。

『どれだけピザが好きなの?って』感じだけれど、
これらがヒトの行動パターンや価値観を変えるかもかもしれないね。

でこのオーブン自体の将来性は?
スクスク育ってね!