2009年09月のアーカイブ

『白』

最近あちらこちらの自然史博物館などで
骨の展示がで開催され動員数が伸びている。

つい1ヶ月程前にも大阪で、哺乳類から無脊椎動物まで
約300種、600匹にも及ぶ動物たちの骨を集めて
大規模な展示が行われていた。

開催者達は口を揃えて『動物が生きた証しと、
アートや芸術としても魅力のある骨について知ってもらう、
また、会場にはクジラやコアラ、カメ、蛇など
普段目にする機会のない様々な動物たちの骨が展示され、
その違いや形の面白さを間近に見ることができる』と言う。

確かにそこに展示されている骨ってどれをとっても
その本数やサイズは異なり、
それぞれのシルエットやラインがとても美しい。

しかし自分が感じたのはそこではなく
どれもが『白』という点だ。

当たり前なのだろうが、骨って白い。

言いたい事は、植物やウイルスや菌類は別として
地球で生命を宿しているそのほとんどが
燃えたら白い骨になる。

白い骨に違いなんてモノは無く、
それは生き物に差異や区別なんて無いという事を表しているようだ。

皆が温かい太陽に頼って生きているだけで、
太陽が無かったらどれもが貧弱。

それって地上で生きる生命達は、所詮共通の弱みを持っているわけで
誰もがその弱さを認め合いながら協力的に生きれば
ちっぽけで大きな紛争やもめ事なんて起きないと感じる。

別け隔たり無く助け合い、認め許しあえる世界って必用なんじゃないかな。

今日紹介するのは『Jason Freeny』がデザインした人骨プラモデル。



プラスティク性でプラモデルとして表現された安っちいこの感覚。
所詮人間ってこんなもんだって定義しているようで、
この表現方法は嫌いじゃないな。

既に自分は5体の骨を拾い上げて来た。
それぞれに悲しみはあるが、
一方で皆と同じなんだっていう不思議と安心感のような感覚もある。

弁当

中学生になるとランチタイムはお弁当派と
購買部で軽食を購入する極少数派と大きく二分する。

自分の場合は母が忙しかった事もあり、決まって極少数派!
学校の出かけによく『はいっ』といって500円札(古っ)を手渡された。

今振り返ると何となく寂しい気もするが、
そこは子供だったので何の疑いも無くそれに満足していたものだ。

午前の授業が終わるチャイムの音に合わせ、
その少数派達は、学年問わず真っ先に購買部へ奪取(ダッシュ)!
数が少ない希少品の奪い合いとなる。

狭い半地下の購買部のその時間帯だけは、群がる子供達の熱気でムンムンしていた。

自分はというと、1年生の春頃までは、やっぱりダッシュしていたが
夏過ぎには授業の終わりかけに、トイレに行く振りをして抜け出し
冬頃には購買部のおばちゃんを買収に成功!!
おとりおきが成立していた。
恐らく常連の自分に『情け』をかけてくれたんだろう。。。。


さて本日紹介するのは、盛りつけ方の愛らしいアイデア。

この10月にシドニーで開催される
『Sydney International Food Festival 2009』のプロモーション。
注目は世界各国の国旗をその国の食べ物で再現した点だ。


伊はバジルとトマトのパスタ。



やっぱインドはカレー。


韓国はキムパプ、美味そう!


我が故郷は梅干し?


マグロの手まり鮨。
何となく安心。やっぱりシンプルで良いね。

価値の拡散

事故の影響で暫く自身の足で歩けなかった。
病室から検査室まで車椅子で移動。

その繰り返しの中、辛かったのはベッドから車椅子に移る瞬間だった。

背中から椅子に座り込む動作って想像以上にストレスが発生する。

車輪が動き出さないか? 滑って転倒しないか?
そういった精神的な不安と、180cm越えの『でかい』この身体を、
身体の小さな看護士達が、毎回嫌な顔一つもしないで、
淡々と仕事を成就するその姿に、申し訳なさと情けなさで結構参ってしまう。
*だから早く直そうという気持ちが表れるのかもしれないが。。。。

先日HONDAが発表した“Personal Mobility”『U3-X』

微妙な体重移動をセンサーで感知し、前後をはじめ真横、斜めなど
様々な方向へ自動的に動ける次世代型の電動一輪車を発表した。

U3-Xのバランス制御技術は、二足歩行のASIMOの技術を用いたらしい。

しかし自分が『U3-X』に注目している点はそこではなく、
乗り込む(座る)という動作についてだ。

それまでのPersonal Mobilityのほとんどは、
大げさに乗り込むといった形態がほとんどであったが
この種はもっと手軽で、ポンっと座る感覚だ。

跨ぐ事も、前から滑り込むように座る事も、背中から気軽に座る事も出来る。
つまりは医療の場で、現状の車椅子のストレスを緩和させてくれる可能性を感じるのだ。

両手で車輪を回す動作や、人の手を借りて移動するというストレスから開放され、
より自立に近い移動手段を獲得出来るかもしれない。

鳩山由紀夫首相が先の国連気候変動サミットで、
『2020年までに温室効果ガスを1990年比25%削減する』という中期目標を表明し、
かつ、日本のテクノロジーのポテンシャルの高さ(特にエコ関連)について語ったが、
まさにこの『U3-X』はそれらを満たす商材ではないだろうか?

2001年12月にPersonal Mobilityの先鞭をつけた『セグウェイ』が発表された。
発売当時は、ガソリンを使わないクリーンエネルギーによるトランスポーテーションとして、
『環境にやさしい近距離圏の車』といった売り込みで注目されたが、
最高時速19キロ、高価格、メタボ解消など健康ブームの中ではマラソンやウォーキングを優先され、
米国で100万台を販売した後で世界進出するという目標が、
3年間で約6,000台しか売れなかったという失敗例を踏まえて
国主導でこの『価値の拡散』に努めて欲しいと考える。

トラウマ

自分は人生で2度程大きな交通事故を起こしている。

その1度目は幼少の頃で、
缶蹴りの缶のように『ポーン』と軽トラックにはじき飛ばされた(笑)

全身打撲!

その前後の記憶が未だになく、
三日三晩三途の川で釣りでもしていたようだ。

目が覚めてからというもの
毎日が今でいう『二日酔い』状態(子供なのに)で、
終日、酔いどれた船上生活をしているようであった。

徐々に回復に向かい出すと、
心電図や脳波、聴覚など様々な検査が日々続き、
病室から検査室へ移動の度、クルクル目が回るので
正直『勘弁してよ』という気持ちで一杯だった。

そんなある日、脳波?の検査の中で
全身に針のような細いものを大量に付けられ
(それだけで相当気分が悪かった)
仰向きになり、反応?を調べていた時
不意に医師がペンのようなもので
自分の足の指にふれ、これは何指?って聞いてきた。

それまで足の指にそれほど興味もなく、
親指や小指はわかるが、その他の指は何と呼んだら良いのか
意識した事もなかったので言葉に躓いた。

『足の指で人を指さないだろう?
あれっなんだっけ、こいつの呼び方????』ってな具合だ。

全くお笑いで、指された指がわかっているにも関わらず
呼び方がわからないという何とも『トホホ』な話しだった。

言葉に躓くにつれ医師達は焦り出し、
じゃあこれは?、これはどう?と何度も繰り返され、
親指と小指以外まったく答えられなかった(かなりイタかった)

それ以来『検査』と言われると、そこでの失態がトラウマとなり、
どことなく落ち着きが無くなってしまう。
中でも色盲や聴覚の検査は、
なぜか手に汗をにじませてしまうのだ。

そんな自分が手に汗をにじます作品がこれ
pixel が子供用に発表した四角型の『colored pencils』だ
洗練されたパッケージデザインと
その隙間からのぞく12色のグラデーションは美しい。

子供だけではなく大人でもギフトなどに使えるし、
飛行機内等で、コロコロと転がると面倒な場所では最適な鉛筆だね。

パッケージから全部出して並べてみると
自分の場合はかなり『トラウマ』だけどね。

消耗品であっても

自分はコーヒーを飲めない、いや呑まない。

昔、骨董品の仕事をしていた際、
四国の高知に店を持つ、大変世話になっていた同業者(大先輩)が、
『残念ながらある事情で店を閉店する』との連絡を頂き、
仕入れも兼ねて久しぶりにその地を訪れた事があった。

理由は別としても、同業者の店じまいはなんだか胸が苦しく
夏の日差しもあってか、その店に近づくにつれ、
肺にたまる酸素がやけに熱く重く感じた。

到着。

それまでの重々しいけだるさを無理矢理吹き飛ばし、
威勢のいい自分らしく元気ないつもの声で『お久しぶりですっ!』と
店主に声をかけようと店の前に立った瞬間、
思わず息をのんでしまった。

憧れでもあったその店の佇まい。

確かに古びた骨董達なのだが、その店に並んでいるだけで、
その店主が扱うだけで、それぞれの骨董達が、
まさに今、産まれおちたかのように
美しく生命を宿しているかのように輝いて見えていた。。。。
実にカッコ良かった。

しかしもはやその面影や空気感は失われ、
変わり果てた店内は静かに終焉を迎える数々の骨董品と、
それを包む新聞紙の音で、人を寄せ付けない寂しく重々しい状態と化していた。

暫くあぜんとしている自分に店主が気付き、
『いやぁ〜遠方はるばる良く来てくれたね』と声をかけてくれた。

その後約半時間、彼と何を話したか全くよく覚えていない。
すっかり窶れきった彼の姿と同様に、
店に漂う空気感に心が一杯一杯で折れそうだった。

それを察してか、店主の奥様が静かにお茶を点ててくれた。
骨董の粗目の信楽焼の抹茶茶碗に、
まるでお茶を点てるようにしてコーヒーを点ててくれた。

切ない感情の嵐の雨音を、消し去ってくれるような無音の響き、
その味は渋くて、まろやかで、香ばしい香りが右脳に焼き付き、
コーヒーってこんなに上手かったのか?と思う程、
それは別の飲み物と化していた。

それ以来コーヒーを目にすると、
あの重々しい切ない空気感と感情が混み上げ、
またその味を探してしまう事から、コーヒーを口にするのを止めた。

御陰様で今では完全に水かお茶派だ。

長くなったが今日紹介するのは “Nathalia Ponomareva”という
ロシアのアーテイストが提案する
『GREEN BERRY TEA』だ。

100%Naturalで優しいパッケージが新鮮。
特徴はTea Bagsだ。
『The Principles of Origami』というコンセプトで創られ
まるでグラスの中で、鳥が舞って見える。

消耗品にさえもデザイン性を求める姿勢は、
我々アーティストに達に、豊かさと勇気を与えてくれるね。
メーカーもたいしたもんだ。