2010年09月のアーカイブ

足りないから

最近は白(無)になりたくて
早朝もしくは皆が寝静まった頃に
こそこそ街中を走っている(笑)

子供の頃はそれらは日常茶飯事で
学校前の早朝
山道を12年間程走り続けていた
雨の日も雪の日も
休む事無くただ黙々と

あの頃と今大きく異なる事は
音楽を聴きながら走れるという事

それも好きな曲を好きなタイミングで。。。。

『足りてる?。。。。』

同じ場面をぼんやりと
繰り返し眺めながら走っていると
自問自答したりして
なかなか白にはなれなかったりする
よって流石に疲労も溜りやすい

それがどうだろう
音を聴くだけで足が軽やかになる
たった1曲で
苦が楽に変わる
苦が楽にだよ!
180度も情況が変わってしまうんだから
進化し続ける機械って怖いと感じる事もある

自身がどう感じるかで
全く同じ環境なのに
それまでとは異なる景色が訪れる

言い換えればそれほど人の感覚は麻痺しやすく
曖昧って事なのかもしれない
弱くてもろいのかもしれない

でも180度ポジティブに見方を変えれば
上手くコントロールさえすれば
遥か彼方まで突き抜ける可能性って
誰にでも平等にある

どう?
ちょっとは未来が好きになれるんじゃない?

その人の可能性って
ほんのわずかな隙間に
そっと置かれた小石(チャンス)に
気が付くか否かなのかなって
まぁ気が付く為にも日頃自分自身を
研鑽(ケンサン)しないとね
しておいた方が気が付いた時に
その小石をそっと拾い上げ
自分のポケットに忍ばせられる

でも普段からコツコツ真面目に自分を磨いてないと
その小石の拾い方すらワカラナイ?って事もある
もったいないよ そんなの

拾い上げた後は
自分の色に自分の時間軸で
その小石を磨き上げれば
ダイヤにもクリスタルにも進化するんじゃないかな
だからまた今
走り始めた。。。。

『足りないから』


あの頃の自分には当然音はなく(機械も無かった)
ひたすらくる日もくる日も自分の呼吸音と戦い、
無意識の中で白になりながら走っていた

しかし、山の中を走っていたので
季節の変わり目が気温や湿度
紅葉、野性動物達の詩声等から感じ取れ
今の環境とは異なり
それはそれで幸せだったのかもしれない

そんな中よく目にしたのが山鳩のツガイ
彼等が自分の目の高さ位の低い木に泊まり
『素晴らしく美しい日曜日の朝』のようなサウンドを
『ホーホーホホッ ホーホーホホッ』って奏でていた
*何となくこのカタカナわかるかな?

遠慮なく詩っている彼等と遭遇する度に
決して彼等のその恋の rhapsodyの邪魔はしないで
気配を消してあげながら
彼等の自由な詩を盗聞き?するのも
自然と会話しているようで楽しかった

充分『足りていた』

今日は何気ない情景でも
創造する事を止めなければ
様々な景色が見えて来るよ!というのがテーマです

電線に泊まっているだけの鳥達も
見方を変えれば。。。。

何気ない日常で
彼等がもし我々にメッセージや
小石を投げ続けていてくれているとすれば
享受してくれているとすれば
またそれらにきちんと気が付くとしたら
それらがきっかけで新たな創造が産まれたとしたら
それはもう素晴らしく世界は広がる

そして自分達それぞれが
それらのメッセージをどう拾い上げるか
どう受け止めるのか
それによっては
黒いカラスも恐怖を感じ無いのかもね


自分は
幸せを感じる時って
生きてるんだって感じる時って
素晴らしいって感じる時って
また、なんて美しいんだろうって感じる時って
きっと安心して夢を見られてる時なんじゃないかなと感じている

今はまだ、なかなか上手く眠れないから
(足りないから)
無の中で走りながら、
産まれる何か、見えてくる何かを
リラックスして探しているのかもしれない
安心してみる夢のような夢をね

安心して眠れる日がやって来るのかな。。。。


ところで君の中の
サンタクロースって生きてるの?


http://www.youtube.com/watch?v=LoM4ZZJ2UrM&feature

たんぽぽ

便利なモノを消費する隣で
大切な何かを無くして行くような気がする

便利なモノを壊してしまう隣で
湯鬱(ゆうつ)なストレスを無くして行ける気がするよ

所詮(しょせん)自分達は大空の下で
ふわり漂うだけの存在

何かが目立てばヒトは集まるし
時計の針が何度か回ればヒトはほったらかし

声の大きい誰かが騒げば従いもするし
声の小さな者の意見はその雑踏(ざっとう)にかき消される

言葉よりその小さな胸のサウンドに耳を貸してみよう
大切な音が聴こえて来ると思うよ
はじめは気付かないかもしれないけれどね


ストロベリーの森が好きで
その話しをしたらたまらなく笑顔になる

意識的に飾りまつられた芸術より
自然が確信的に創り出したモノに魅力を感じるよ

所詮(しょせん)自分達は大空の下で
ふわり漂うだけの存在

愛が終わる時に涙がこぼれたら
それは悲しみなのか喜びの始まりなのか気にはなる

言葉よりその小さな胸のサウンドに耳を貸してみよう
大切な音が聴こえて来ると思うよ
はじめは気付かないかもしれないけれどね

瞳閉じて思い出だけを見つめてちゃだめさ
瞳閉じて映し出そうよ物語の始まりを

永遠は言葉の魔法
カタチあるモノはいつか滅びる
満足の階段なんて
そんな終わりの始まりなんて興味が無い

迷わないでそのままでいい
素直に思い続ける
迷わないでそのままでいい
素直に思い続ければ

きっと見つかる
大切な価値が
きっと捨てられる
つまらない価値が
きっと見つかる
大切な。。。。。。(自分で埋めてみてね)

所詮(しょせん)自分達は大空の下で
ふわり漂うだけのたんぽぽ
null

退廃の中からの卒業に

実は自分は本が読めない

いや読み切れないといった方が事実なのかもしれない

1行読むとその中に潜む著者の思考の部分を瞬時に読み取る作業に陥ってしまう
そして2、3行読み進めて行くにつれ、やはりその方向かと。。。。
起承転結はこうなり最終的にはこなんだろうなって
実際ほぼそのパターンに属される

美的な言葉や象徴的な表現に靡く(なびく)事は有っても
文体や文脈の展開が激しくても穏やかでも届かない
なかなか届いてくれない

さらっと読めれば良いのに、さらっとなんて読めない。。。。

残念ながら自分の
『本当に自由な自分のための時間を使ってあげる』という
経験(喜び)があまりにも欠落していて、
自らの喜びが無い、喜ばせ方を知らない
それまでの貧弱な人生は、
振り返ると必ずや誰かの為に存在していただけの自分だった気がする

よって
関心の矛先(ほこさき)はプラクティカル(実用的なこと)な事や
現実的なLIVE感にとてもひかれる傾向が有るのかもしれない

巨額を投じて想像された、興行収益を塗り替えられるような映画も
結局は疲れた時に見る程度か、
アルコールの力で思考を鈍らせ
その映画を通じて独自の世界の陶酔を楽しむ
寂しい輩(やから)レベルの人種だ

かれこれ20年以上も寝れない日々を過ごしているためか
身体が夢を見ようとしていないのかもね。
全く残念な人種

そんな自分でもトライしたい本が存在する
枯れているのに枯れていない振りをするのではなく
その事実を正直に受け入れられた時に読もうと感じている本

『さかしま』 (À rebours)
(英訳では"Against the Grain"または"Against Nature")

ペシミズム(pessimism)悲観主義
世紀末的傾向の強い特異な作品

フランスの作家ジョリス=カルル・ユイスマンスによる小説
1884年に刊行され、『デカダンスの聖書』と称されるこの作品は
ポール・ヴァレリーやオスカー・ワイルド
日本では三島由紀夫、石川淳などに愛され 大きく影響を与えた 


〜『こんにちは』『さようなら』
『おとなしくして、よく勉強しなさい』
こんな風に、きまりきった挨拶しかしない父だった

夏の休暇には、少年はルウルの城館に帰省した

子供の帰省も、母親を夢想から呼びもどしはしなかった

子供がいることなぞ、ほとんど気がつかないかのようだった

それでも時には、苦しげな微笑を泛かべて、
数秒間、子供の顔をまじまじと見つめることがあったが
すぐにまた、厚い窓のカーテンで部屋を蔽った
人工の夜のなかに沈湎して行った〜

まるで自分の幼少の頃の体験とそっくりな情景がそこに広がる

意識無く普通の人種が読めば
苦しくて逃げ出したくなるプロローグも
我々から見れば、人生の日記を読むような感覚なのかもしれない

正常?な方にはクリエイティブ、文学の1つとして楽しんで頂きたい
人生観を照らしてしまうと鬱(うつ)の穴に滑り込まされる
ヘェ〜って感覚で読んでみて下さい


さて今日は
『 PRADA Menswear Spring Summer 2011』のコレクションから

ニューヨーク、ビバリーヒルズ、東京の世界3か所にその旗艦店
『エピセンター・ストア』を持つプラダ
その華やかさとは裏側に
彼等にはConglomerate(コングロマリット)になりきれなかった過去がある

1996年に、グッチ株を買収するが、1999年までに全てをLVMHに譲渡し
さらに、同年には『ヘルムート・ラング』『ジル・サンダー』を
続けざまに買収したが両社とも既に手放している

1999年、LVMHと合弁会社を作り
当時経営難に陥っていた『フェンディ』を買収したものの
その経営を立て直すことができないまま
2001年、全株式をLVMHに売却
プラダにとってこの時の負債が果てしなく大きな物となった

このプラダが提案した今回のコレクション
一見、いつものシンプルでプラクティカルな服ばかりのコレクションだが
そこには一つステージを上った事を印象付ける
強い意志のようなモノを感じたコレクションであり、演出だった

屋根の低いランウェイは
外側は黒で絞られ
反して中側は眩く光を放たれているステージ
正に光と陰

そこにキャッシャー音とノイズに包まれたBauhausの名曲
Bela Lugosi's Deadのアレンジに合わせ
数人の男性モデルが黒のスキニードレスで登場

Diorのような細いタイドアップから
徐々に襟元、首元が開放され

一瞬の静寂!

その後、退廃的な女性のかれた声で呟くようなサウンド

それに合わせるかの様に、
軟らかいブルーグレイのカラースーツが登場
退廃から徐々に卒業への序曲(息吹)を感じるシーン

陰を感じるピアノにキャッシャー音が重なり
退廃からの卒業(脱却)にすら未だ戸惑いを憶える演出と同時に
確信的にそこに現れるのは黒ベースのカジュアルスーツが登場

若き日のポールウェラーを感じさせる
細身のスーツ姿のDavid J. Haskinsのベース音がインサートされ
増々コレクションのコンセプトに血が流れ込む

レディオヘッドのトムヨークのささやき音も複雑に溶込み
また細身のスーツに戻る(迷走の演出)

ジギースターダストの世界から飛び出して来たような
Daniel Ashのギターのノイズ音で
裸のスキンカラーのスーツに戻され

切ないピアノがインサートされると
封を切ったかのようなカラフルなリゾートウェアに変化する

よく出来た演出

退廃が似合うフランス語調のささやきが始まると
徐々にウェアの色がモノクロに変化し
ラストへ流れ込む

トレンドを意識してか
ミドルゲージのボーダーセーターシリーズの
このセンスが理解出来ない
もったいない。。。。
デザインも演出も最後にして中途半端で
好きじゃない、貫いて欲しかった

総合的に見るとConglomerateになれず
迷走のランウェイに、今回『さかしま』を感じる
退廃の中からの卒業(脱却&進化)のPRADAの姿に
心からスタンディングオベーションだと感じた

Miuccia PRADA そのセンスカッコいい

彼女の弁
〜私は『プラクティカル』にとても関心があります

アートでさえ、私にとってはプラクティカル

自分の人生にとって大切なこと

という意味ではアートもそうでしょう? 

あらゆるものは人の心に溶け込み

人生に溶け込むべきです

つまり、プラクティカルであることは

人生を生きることなんです

Miuccia が語るプラクティカルの解釈
なるほどね!

*Bauhaus - Bela Lugosi's Dead 

ベラ・ルゴシは、ハンガリー出身の俳優
懐かしいモノクロ映画に登場するドラキュラ役が彼
戦前の三大怪奇スターの一人としても知られている
また、薬物中毒を公表した初めての俳優といわれる
退廃と卒業(脱却)この曲を選んだ意味も良くわかる




http://www.youtube.com/watch?v=8L-j-FPWTfs&feature=related


自分は制限の無い時間を得たら
透き通る空気と壮大なオーロラの屋根の下で
特性のVin chaud(バンショー)を4つの手のひらで支え
本物の愛の温度を感じながら
『さかしま』はもう卒業したよと
心に言い聞かせたい
自分の過去に
自分の宿命に




街の服

裏原宿

渋谷系

109

銀座系

丸の内

自由が丘

田園調布

 ・
 
 ・

 ・

ファッションや音楽を通して
それぞれの街が産み落としたカルチャーやトレンドがある

根を張らすもの
瞬時に吹き飛んでしまうもの、、、、

根を張るモノと言うのは
特異なモノとの融合からその持続するという可能性が産まれる

76年に産声を上げたUKのPUNKは音と融合し
ピストルズやクラッシュと共に成長

79年ランブレッタやベスパを乗回した映画
『さらば青春の光 (Quadrophenia)』で火がついた
ザ・フーやキンクスに代表されるモッズ

モッズの抗争相手でもあったのがROCKERS
(日本ではライダーズとして浸透している)
髪をグリースで固め、黒のライダースに黒のデニムか革、
トライアンフやノートンを転がしてACE CAFE にたむろし
ジュークボックスでロックンロールやロカビリーで踊る

同時期モッズのようにキザでお金を持ってはなかったけれど
自分達を表現したい連中は髪を剃り
ドクター・マーチンのブーツにベンシャーマンのシャツを身に着け
ピタピタのデニムパンツをブリーチし
サスペンダーを垂らし、古着のMA-1を羽織ったスキンズ

今もそれらのStyleは世界中に影響し
愛好者は止まない。。。。



今日この場を借りて発表します

数年ぶりに街服を産み落とします

昨夜軽くその打ち合わせをしました

今回は日本のロックの聖地でそれを発表し
街ぐるみで仕掛けます

裏原を仕掛けたあの夜のように。。。。。

音も創りたいと感じています
プロデュース出来れば最高
女の子3人組が良いな
探さなきゃ

硬派で天使のようなサウンド
突き抜けた詩

恐らく自分がそれまでやって来た事を
見て来てくれていた人はもうピンと来てると思います

そう

アレです

ブランキーとのケルコブ立ち上げ以来の衝撃

そう

久しぶりに

やります。。。。

今回はゆっくりと

Sneakyに

応援よろしくです













小さな愛のメロディ 完結

暫く自分の両肩には
娘の爪痕がしっかりと赤く残っていた
一生残るのかと。。。。

人生初の愛のプレゼントは、
こんな苦い思い出から始まった

やがて数週間が経ち
次のお迎えに施設に訪れたのは珍しくその娘で
彼女を見上げると、眩しい黄昏色の夕焼けに
あのかんざしが美しく、またさりげなく輝いていた
何よりもきらきらと。。。。
そして誇らしげに


自分はあの日の母の嬉しそうな後ろ姿が
今でも忘れられない

活き活きした女性の姿を忘れられない

何かが変わった、たとえ一瞬でも
その事の充実感を未だ知らない人は
早く知った方がいい
自分はそう思う



ぎゅっと手をしっかり握ってくれた母

あの時、上手く伝えられなくてごめんなさい

心配かけてすいませんでした・・・・

人に送るはじめての愛が
プロローグから激しい土砂降りの大雨だったり
雷が落ちたり
やがて柔らかな風が吹いたり・・・・

思い出は、その時は氷のように冷たく切ない雪だったけれど
今ではその雪も溶けて
透き通った世界に帰って行きました

穏やかで温かな春の季節のように
その思い出は成長しましたよ

小さな 小さな愛の物語だけれど
様々なメロディーが確かに聴こえていました

確かに小さな愛のメロディのハーモニーが。。。。


自分はお婆ちゃんも好きだし母も大好きです

どっちの方が好き?
なんて言えないし創造もできません
全くもってイヤです!

ただ2人の衝突がいつも怖かった

そうさせてしまう自分の存在を疑ったりもしました。。。。
。。。。。


やがてお婆ちゃんが病院のベッドの上で
最後に母にかけた言葉

『本当に今までありがとう』

『最後まで面倒見てくれて本当にありがとう』

そして
『堪忍(かんにん)な・・・・』って

・・・・

・・・・

永遠への旅立ち



『その言葉で救われました』って
あなたの棺の前で手を合わせながら
ぼそっと母が呟いた事を
自分は知っています
憶えています


自分も救われました
その二人の言葉に・・・・

たとえ血は繋がっていなかったけれど
お二人の愛は本物でした
お二人が自分に見せてくれた愛も
やはり本物でした

血なんて関係ないって
大切なのは尊敬し続ける事だって

例え大雨の日でも、雷の時でも
いつでも尊敬し続けてさえいれば
穏やかで温かい風を感じ続けられるって

それは季節が変わるように、
その空気も自分達で必ず変えられる

二人の愛と魂が自分に教えてくれました

ありがとう そして 愛してます

あなた達の事を

永遠に


自分が良い事をしているって感じていても
必ずしも同様に相手が感じるとは限らない

むしろ半分も伝わっていないと考えた方が健康的だ

お金や、家、車や貴金属
そんなモノいくら並べ立てたって
本当には何も変わらない
何も伝わらない

大切なのは先ずお互いが自分の事を大切に思いやるように
お互い相手の事を心から尊敬する事、労る(いたわる)事
=つまりはフラット(平等)になる重要性!

それが出来てはじめて手を繋ぎながら
一緒に次の景色を見る事が出来る
小さな愛のメロディを奏でながら


求める事は決して美しい事ではない。。。。

小さな愛のメロディ その2

娘が戸惑いながら聞いた

『ど どうしたのこれ?・・・・』

『・・・・おたんじょうび・・・・』

『ちっ 違うよ、どうしたのかって、これ?』

『・・・・・』

『買ったの・・・・? もって・き・た・の?』

首をタテに振ってヨコに振った

娘はガスの火を消して、男の子の小さな両肩を鷲掴み

『ねっ どうしたのかって聞いてるの?』

徐々に彼女の手に力が入り出すのを感じた

『イッ イタイ・・・・』

『痛いじゃなくて、ちゃんと答えなさい!』
男の子の身体を大きく揺すった

『かった・・・・』

『何処で』

『おみせ・・・・』

『何処の』

『ワカラナイ・・・・』
実際には説明出来ない
屋号も知らないし、まして漢字なんてまだ読めない
*実際は子供の物差しではもの凄い遠出なのだが
家からその店まではせいぜい3百メートルくらいの近所の土産物屋(笑)

『ワカラナイじゃないでしょ』
娘はまた、男の子の身体を大きく揺すった

『じゃあ いつ買ったの』

『きのう・・・・』

『昨日?お婆ちゃんが買ったの?』

『ちがう・・・・』

『自分で?』

首をタテに振る

『お金はどうしたの』

『じぶんの・・・・』
娘をイジメるお婆ちゃんから受け続けた
『甘さ』を伝えることに結果として繋がることが
娘の口から
『この子を甘やかさないで!』
という聞き慣れたサウンドを皮切りに
お婆ちゃんとの醜く辛い時を過ごすのが
男の子にはたまらなく怖かった

嫌だった純粋にイヤだった

たまにしかこの家で過ごせないのに
娘の愛もしっかり受けたいのにって

いつも自分が原因で2人の表情が豹変してしまう
そして2人の間に挟まれる
だから男の子は事実を伝えられない・・・・


バシっ 突然!

キーーーーーんっ&クラッ 耳鳴りと
柔らかく真っ白でふっくりしたそのほっぺたが
赤く指型に重い熱をジンジン感じた。。。。
*未来という後に経験する体育の時間に行われるドッチボールで
そのボールが顔面を強打したかのような痛みが走る。。。。

『嘘いいなさい!』
『本当のことを言いなさい!』
『こっちを見なさい!』
強く身体を揺らす

涙と呼吸が上手く出来ず、声が上がらない
どう答えていいのかワカラナイ

バシっ クラっ 2発目

『嘘つきに育てた憶えは無いわよ』

バシバシっ グラっ 何発目?
ほぼ失神・・・・

娘が大粒の涙を流し、身体を小刻みに震わせながら
その男の子の肩を掴んでいた

『ただいま~』
そこにお婆ちゃん現る!
救世主?

『アンタ何してるの!(怒)』
『この子から手を離しなさいっ』

『嫌ですっ』

『離しなさいっ!(怒)』

『嫌ですっ』

『はなせって言ってるんだよ!』

『この子は私の子ですっ!』

ドカドカっ 鈍い音

修羅場

修羅場

修羅場・・・・イヤだ。。。。

男の子はまるで人形のように、こっちやそっちに引っぱられ
もうぐだぐだ・・・・
イヤだ。。。。

『出て行けっ!』
お婆ちゃんの最後の恫喝(どうかつ)のサウンドと共に
娘がワンワン鳴き叫び
突然娘は2階へ消えて行った・・・・

『お~かわいそうに』
『よしよし、いたかったね~』

男の子はお婆ちゃんのその秘めた(娘に内緒の)
甘さがもう嫌になり
振り切って家を飛び出した

そこへタイミング良く?悪く?
自転車が・・・・
ガッシャ~ん

『・・・・』
『・・・・』
『・・・・』

イッ イタイ きっと痛い
けれど、もうワカラナイ・・・・
何が何だか・・・・
男の子は気絶した訳ではないが
その瞬間からの記憶がはっきりしない・・・・


昼過ぎ
娘は近所の聞き込み調査を終え帰宅
今度は冷静で優しい愛の顔で
『さっきは叩いたりして御免ね』

『・・・・』

『ちゃんとお金を払ってたんだね』

『・・・・』(号泣)

『ごめんね』(涙)

娘は自分の胸にその男の子を押し込み
そして彼女も号泣・・・・
彼女の涙の滝が
自分の頭の先からしたたるのを感じた・・・・

『でもね』って

急に娘は彼を引き離し
朝とは異なるゆっくりと
また優しいサウンドで
『お金はどうしたの?』
『お金?』

娘は膝の横に置かれた
紫色のかんざしをぼんやり眺めながら
少し辛そうに話しかけた

『・・・・』

『私の財布?』
『それともお婆ちゃんの財布?』
『お店のお金?』
『どうしたの?』

『・・・・』

『ねぇ 顔を見てちゃんと答えて』

『・・・・』

『さぁ 答えて』

『・・・・ためたの・・・・』

『貯めた?』

『どうやって?』

『た ためたの・・・・』

『・・・・貯めた?』

首をタテにコクンと振った

『・・・・じゃあ 泥棒したんじゃないんだね?』

首をタテに

『・・・・本当に? これだけは本当の事を言って』

『本当』

『約束出来る?』

強く首をタテに

『・・・・わかった・・・』

『もういいよ、何も言わなくてもいい・・・』
そう言って娘は再びその男の子を
自分の胸の中に
今度はさっきより強く抱きしめてくれた

『ありがとうね・・・・お誕生日プレゼント』
複雑な感情の中に、少しだけ娘の充実した喜びを
その声音から感じ取れた

『ありがとうね・・・・』
『優しい子だね、お前は・・・・』
『本当にありがとう・・・・』
『さっきはごめんね』

号泣&首を無理矢理コクンとタテに

涙と胸の中にしっかりと抱きしめてくれていたため
呼吸が出来なく またぐたぐたに・・・・

小さな愛のメロディ その1

『あめ1っコじゅうえ~ん!』

未だ小学生にも満たさないその2、3歳の男の子
首から画板をつり下げ
2つある囲碁の入れ物の1つに飴玉を
もう1つの入れ物に10円玉というスタイル
子供には相当重いはず・・・・

画板の紐がしたたる汗と重さで
首に食い込む
小さい子供なのにその苦労が
痛々しさを憶えさせた

観光地で有名なある寺の美しい庭先で
その男の子は外国人や観光客の中に紛れて
飴玉を売り歩いていた
たった一人、声をからして

みすぼらしい?
質素?
素朴?
それら全ての印象が当てはまるスタイルだが
その純粋色に輝く大きな瞳と
さらさらの栗色の髪が
母性本能をくすぐるのか
結果その飴玉はよく売れていた

その男の子は普段は近所の寺が運営する施設に預けられ
時よりそこを抜け出しては
すぐ先の観光客で賑わう
寺の庭先で飴玉の販売活動を続けていた
行く日も 行く日も

因にその施設というのは
孤児や、両親が育てられないという事で
一時的に子供達を預かるような場所で
小学生になるまでは
その施設で面倒を見てくれる

孤児院と少し似ているが
あくまで寺の和尚さんの善意で
その活動が行われている(今もそのスタイルは変わらない)

3歳から入れるのだが
その男の子はわけ合って2歳から預けられていた
週末や特別の日に
その子達の家族が向えに来てくれる家庭も有り
その男の子にも忘れた頃に
血のつながらないお婆ちゃんが向えに来てくれた

お婆ちゃんには実の子が無く
また、おじいちゃんには7人の妾(めかけ)さんがいて
おじいちゃんの娘(彼女も養女)が
いつも彼について生活させられていた為
娘は全ての妾さんを知っている

それが理由なのかわからないが
お婆ちゃんはその娘をよくイジメていた
人が持つ最も醜い『ジェラシー』ってヤツで

その娘の子が、あの『あめ売りの男の子』
お婆ちゃんからすれば、孫のような存在
完全に母性本能をくすぐられていたのだろう
何も知らない、誰かの手に染められていないその男の子を
お婆ちゃんは母親から奪い
自分色に染める為に
『甘え』という様々な誘惑と
娘の醜さを念仏のように男の子に説き続け
自分だけを見るように作り上げていた

*お気付きかもしれないが
男の子のあの飴玉の出所は
そのお婆ちゃんが買い与えたモノだった

そしてその男の子は
完全にお婆ちゃん子に洗脳されていたように見えた

あの事件が発覚するまでは。。。。



今から40数年前の話なだけに
当時は甘いモノやお菓子は貴重で
まして施設に預けられている子には
それらは完璧にお宝!
別次元のモノ!
しかしその男の子に限っては
黄金色の蜂蜜のあまい誘惑をこらえ
ただ一心で飴玉をかき集めては、販売していた

施設の2段ベットの下側が男の子のスペースで
その真下に減って行くお宝と反して
増えて行く10円玉の金庫が隠されていた


ある特別の日の前日の黄昏時
お婆ちゃんがその男の子を向えにやって来た

『やった〜!ウチに帰れる!』
『しかもお泊まり!』

男の子は胸の高鳴りを押さえて
こそこそ10円玉を、上着のポケットや
パンツのポケットに詰め込んだ

そして無事(お金を持っている事が見つからず)に帰宅
お婆ちゃんのいつもの甘えを振り切り
スキを見計らって
その男の子はパンツがずれ落ちそうな程
そのポケットを10円玉一杯で膨らませ
急ぎ足で家を出た


観光の街は人ごみで歩きにくい
まして子供には。。。。
大人の足下をかき分け
眼を回しながら
何れくらい歩いたのだろう
気が付けばあるお店の店頭に居た

そこで男の子は1つのあるモノと
10円玉を交換させた


翌日の特別の日の静寂の朝
お婆ちゃんは日課で寺にお参りに出かけていた

娘はいつもの疲れた後ろ姿で土間で食事の準備

男の子はその娘に近づき
そっとポケットからあるモノを手渡した

『ん?どうしたの』

『何?』

『あげるっ』

『何?どうしたのこれ?』

袋から1つのかんざしが美しい光を放った

『おたんじょうび・・・・』

『・・・・えっ!』

『おたんじょうび・・・・』

特別な日は娘の誕生日だった

まさかと思ったのだろう
娘の瞳が一瞬潤んだ


その娘の後ろ姿がいつも疲れていて
特に髪は適当にかきあげられていたため
男の子は悲しさと切なさのような感覚を感じていた

きっと娘にはこれが必要なんだと
これが彼女を変えられるんだって
本気でその男の子は感じていた

ちっちゃいなりに

娘はこみ上げる感動に身を任せそうになったが
一瞬の沈黙の後正気に戻り
口から出たサウンドは
その子が欲しかった言葉では決して無かった
娘が恐る恐る聞いた

『ど、どうしたのこれ・・・・?』

急雨(いそぎあめ)

自分は傘を持たない

特に肺を潰してからは
閉所恐怖症となり
狭い場所や両手が塞がる事が凄く苦手となった
よって片手でBagを持ち
逆の手で傘を持つなんて考えたくない

また、バスルームの狭い空間で
シャワーを頭から浴びる事も
溺れそうな感覚に似たモノを憶えてしまう
(短い人生の中、既に数回海やバスタブで溺れた経験が有るが。。。。)

そんな事も重なってか
雨の日に傘をさす行為が凄く苦手で
結構土砂降りでも、気にしないで歩いている
*parisに住んでいた時に気が付いたが
意外と傘を持たない人が多かった
またBaliのような楽園でも同様だ

そんな姿を見て『昔、侍ってのは
雨の日でも堂々と道の真ん中を歩いていたんだ
あなたはそれみたいだね』って
尊敬する目黒の焼肉店『ささの』
(東京で一番美味い焼肉店。ということは世界一美味いと信じている)の
オーナー笹野さんに言われた事がある(当時は恵比寿のお店だった)

今から14、5年前
閉店間際の彼の店に自分が現れると
客や従業員をさっさと帰し
自分の為に美味い酒を用意し(彼は日本で最も古株のソムリエでもある)
肴はいつもの池波正太郎を中心とした食文化の話しと侍話で、
眠れない静寂の永い帳を
空が少しずつ眼を覚ます頃まで
飽きずに自分に付き合ってくれた

ありがとうございます

お陰様でいつも目の前は江戸時代の町家が広がり
百花繚乱の華やかなその文化を創造出来ました

あっ脱線した
雨の話しでした。。。。

自分は頭を剃っている事もあり
雨に濡れても拭けば良いだけで
恐らく髪を伸ばしている方に比べると
すぐに渇く(というか拭けば完了)
しかしたまにやっちゃうんだけれど
気が付くとBagの中身がジョボジョボって事も多い


さて本日はイタリア人Photographerの
Maurizio Melozzi の作品を紹介します
2010091403152800-maurizio-melozzi_weare-488x732-small.jpg

どれだけ素敵な画なんだろう
一瞬の切り抜き

勿論モデルを用意しての撮影なんだろうけれど
急雨(いそぎあめ)と見知らぬ被写体
そして車中からのアングルのバランス
(特にサイドミラーの濡れ具合が作品に魂を宿らせている)が
臨場感を醸し出している

急雨の中、背中を丸めず1点を見つめて
颯爽と歩く1人の女性の姿が
美しくそしてたくましく
時に自立と知的さを感じさせる作品

Tiffany & Coの店頭を構図として選んだって事は
彼女はこれから起きるキセキを知らずに
急ぎ早で彼氏との待ち合わ場所に向かっている

そこで彼女は彼氏から、
これからの『永遠で真の快晴』を
彼氏からプロポーズされてしまう

感動の急雨を
今度は彼女の瞳から降注ぐ
そして自立はもういいよって
愛にくるまって生きようって。。。。

作品を通して自分には
そのイタリア人Maurizioのメッセージが聞こえる


彼は光をコントロールするのが得意で
特にカラーよりモノクロの作品がその特徴をより引き立てる

多くの彼の作品の中でも
特にこの作品が自分の中のある基準の
『突き抜けたあの感覚』を持っていて、
彼というより、この作品を特に気に入っている


ところで彼女、風邪引かなかったかな?

とびっきり冷え性の自分の身体には
石畳の真冬のパリは流石にこたえる
そんな冷えきった時は決まって
相当熱めのシャワーを我慢して
背中の首の2つ目のでっぱった骨の周辺に
3分強当て続けると、結構ぽかぽかになる

後は毛布にくるまって、前にも描いたが
『Vin chaud 』『温かいホットレモネード+常温の赤を割る)を飲み
汗をかいた時用の着替えと、水を枕元においてzzzzzzz
それでもダメなら
リンゴを丸まま1ヶ皮ごと擂って、
それを絞って飲む!(これ一番効く)
色が茶色で気になるなら
レモンを入れても良い

冬のフランスが教えてくれた身体の温め方
愛の方がよっぽど暖まるけれどね(笑)

試してみてね

Pixie Dust

パリ、ミラノ、フィレンツェ、ローマ、ベニス
ノルマンディー、ロンドン、NY、LA
ソウル、上海、青島、大連、広州、杭州、南通、トンガン
香港島、金鐘(アドミラル)、九龍
尖沙咀(チムサーチョイ)、湾仔(ワンチャイ)
台北、台中、台南、バンコク、プーケット、ヤオノイ、サムイ
ヌサドゥア、スミニャック、サヌール、ジンバラン、ウブド
ホーチミン、フエ、ダナン、ハノイ、サイパン
そしてなぜか佐渡島以外の日本全国の都道府県。。。。

これら全て、足を踏み入れた街
残念ながらその旅の目的の多くは仕事

また、同じ街に半年~2年前後住んだ場所もある
パリ、ソウル、上海。。。。

それらそれぞれの街で受ける刺激は計り知れない
生活してみれば増々その深度が増し
良い意味でも悪い意味でも一瞬にして
それまでの自分よがりな常識なんて
ぺろっと簡単に剥がされる

覆される事、騙される事
心まで盗んで行く人もいる

でもそれって国や文化はそんなに関係はなく
人という種類だという事がわかった
*世で言われている無意味な区別
『人種』という事ではない

タイプ別とでも言うのか
天使も悪魔もクレイジーも
いつでも何処にでも存在するということ

それを見極めなければ微笑みが産まれない

よって旅とは自分を試す場面でもある

自分はその旅という行動が大好き

今から20数年前の頃のパリ
街中には犬の。。。が転がっていて
芸術とは真逆の醜い光景が広がっていた

景色や建物が見たいのに
足下ばかり気になって
ゆったりとした気持ちでなんて歩けなかった

美術館に入れば、安心して数えきれない程の魂の力作達と
向き合えるのだが、それまでのプロセスが最低

買い物1つとっても、レジで客と従業員の
おしゃべりが始まると、そのレジはほぼ封鎖状態
何やら楽しそうに話してるんだけれど。。。。
やっと自分の順番が来たら
いくらいくらって早口とやる気の無い退廃的な視線で
かつ、フランス語でまくしたてられる。。。。
まぁそのお陰でたった3日で
100までの数字を憶えさせられたけれどね(笑)

人種的な差別は日常的に感じるし
英語は聞く耳すら持たなかった

でもそんなあきらめムードなパリで
その後の自分の人生を大きく変えた事件が起きた

メトロ
パリの地下鉄の出入り口(階段を下りきったところ)には
透明で手動式の扉が必ず存在する

自分がそれを開けて中に入った時だった
後方で老女が何やらフランス語で騒いだ!
しかも真っ赤な顔で。。。。
『お前サイテー』って言われたのだと瞬時に感じ取れた

それまで全く意識もしていなかったドアの開閉
パリでは閉める際には、必ず後ろを振り向く
そしてそこに人がいれば老若男女
人種なんて全く関係なく平等に
相手の手がドアに触れるまで
決してそのドアから手を話さない

しかもそれは素敵な笑顔でバトンタッチ
そしてそのバトンを受けた人が
次の人の為に後ろを振り向き笑顔。。。。

扉周辺は笑顔と平等のパレードになってる
差別の無い愛が本能的に形となって現れる
地上とは全く異なる意識がそこにはあった

それ以来当然どの国に行っても
その行為は決して忘れないし
またその事を機に『人を思いやる心』というのが
大きく自分の心の中に芽生えた

『愛』を持って人と接する
『愛』を持って物と接する
『愛』を持って文化と接する
『愛』を持って芸術と接する
『愛』を持って環境と接する
『愛』を持って自然と接する
『愛』を持って全てと接する

自分を恫喝してくれた彼女が
生涯忘れられない素晴らしい『Pixie Dust』を振りかけてくれた
その彼女が成長後の今の自分を創ってくれた

姿勢を正させ、正しい愛の存在を信じさせてくれた
そして今までとは異なる景色を与えてくれた

あの時の彼女へ
それは本当に失礼しました
ごめんなさい
あのあなたの真っ赤に怒る顔が
今でも日常の中で遭遇する
モラルやマナー、道徳という場面に
意識を与えてくださります

何かを犯す前に必ずあなたが叫んでくれます
誰かを助ける時はあなたが耳元で
『そうだそれでいいんだ』と囁いてくれます

恐らく今は別の星を旅されておられると思いますが
この感謝の気持ちは決して忘れません
素敵な素敵なPixie Dust本当にありがとう

旅ってこれだから止められないよ


さて本日は『LOUISVUITTON - 100 Legendary Trunks Video 』
あのルイヴィトンから
『Louis Vuitton: 100 Legendary Trunks』という書籍が
この10月に販売される

旅のトモダチと言えばトランクケース
トランクケースと言えば、ルイヴィトンでしょう

本書はルイ・ヴィトンの原点である
トランクケースやトラベルバッグと
その100年以上にもなる歴史にフォーカスした内容になっており
500ページ以上からなる構成で、
掲載されている写真やイラストも600点以上という力作

相当楽しめます
また次の旅をかなり創造させてくれます

この本のPRとして
なんと動画トレーラーも存在します

素敵だよねリアルな本の為に
敵かもしれないバーチャルを利用した広告って




http://www.youtube.com/watch?v=45Rnh0Ym09o&feature=player_embedded#!

感じ方

Dior Homme - Un Rendez Vous (by Guy Ritchie starring Jude Law)



『Dior Homme』
最新フレグランスの広告キャンペーンフィルム

3部構成からなる5分間の短編ムービーが
先日の9月8日に完成し
そのトレーラー版がYOUTUBEで公開

監督はガイ・リッチー
俳優はジュード・ロウ

フィルム構成がかなり良く出来た作品

使用されている色は
光沢の黒
ブロンドベージュ

そしてアクセントカラーに
90年代前半のような赤ワインに見られる
熟しきってはいない艶やかなバーガンディー
の4色で占められている。


ある夜、ホテルの一室の窓に映り込む
ノスタルジックな電話の受話器の黒の光沢が
この主人公(香水)が男性(HOMME)であることを表現
そこから映像がはじまる

次にブロンドベージュの肌をもつ女性が登場
その印象的な表情は、
やたらと眼の周りを黒く塗りつぶされたメイク
*それは黒(男性=そのフレグランス)に
既に染められた感覚を表している

女性が用意した靴もしっかり磨かれ
(その先の窓の裾にはゴールドの留め金)
次のシーンに関連性を保たした

この序章のシーンで
黒(男性&フレグランス)とブロンドベージュ(女性)の関係性
(黒でベージュが包まれている事実)を明確にしている


ドアレバーを開けるラグジュアリーな音の響きと
漆のように優美に磨かれたボディーは
メルセデスのコンバーチブル
その黒ボディーの中のインテリアは
全てブロンドベージュ

ブロンドベージュの裸に
黒いトレンチコート(ボタンが光を放っている)を纏った
鏡の中の女性は(統一された関係性)
その男性を感じながら、眩い光沢の身体に
禁断の媚薬を身体に染込ませ
一時の快楽に酔いしれる


濡れたアスファルトと
闇屋にブロンドベージュの光を放つ
メルセデスのフロントライト

短く切り刻まれたカットインの数々が
緊張感を増幅させながら
それらが既に過去のものであった?
デジャブ?
創造を混乱に導く
まるでそれは黒(男性&フレグランス)に操られた
女性の感覚を、見ている側にも
もて遊ぶかの様に記憶に残させる

そして女性は
艶やかなバーガンディー色のネイルと
同色の口紅を惹く(女性も艶やかなその世界に導かれる)

やがて雨上がりの静寂の朝焼けに写る
エッフェル塔に立ち並ぶ女性
(このシーンはあえて説かない、わかる人だけに。。。。)

そこへ颯爽と現れる男性

早朝の汚れを知らない
澄んだ空気の中、
風と共に漂う同じフレグランスの香りに
同じ価値観とお互いの存在に気が付く

そしてその行為は
この媚薬から抜け出さない限り
輪廻のように繰り返される

なんとも。。。。


撮影が行われたのは
パリの16区トロカデロ広場にある
『シャイヨ宮殿』
何故ここが選ばれたかと言うと
推測ではあるが
1940年にアドルフ・ヒトラーが
征服したパリに訪れた際
先の映像と同様に
この宮殿の前でエッフェル塔を背景に写真撮影をした
その写真は第二次大戦の象徴的なイメージとなり世界に発信された
それを狙ってか、確信的か
アドルフ・ヒトラー=『征服』『心の操り』の象徴と
このフレグランスを掛けたのではないかと創造する

またこの印象的な映像を、より強固なものにしたのが
華麗で耽美的な楽曲を提供する『Muse(マシュー)』

QueenとRadioheadを融合させたようなサウンドで
(RadioheadのプロデューサーJohn Leckieが
Museの音をプロデュースしている)
最近注目しているバンドでも有り
選曲にも惚れるものがある

今日は自分なりの感じ方を紐解きました

自分は常に対照物と向き合う際
何を感じるかが重要であると共に
それを創造したアーティストの哲学をも
瞬時に肌で感じます

またそういうものが自分の中の
本物(好き)か否(嫌い)かの物差しにもなっている

よかったらあと5分付き合って

自分は炎を見るのが大好き

ほんのりとやわらかく
ろうそくの炎の揺らぎに存在する
母親のような、優しい表情もあれば

時に激しく、炎の交差する動きの中で
その重なりの隙間から
まるで広く果てしない大空に浮かぶ雲の隙間から
神の存在を感じさせる
神々しい白色の光線にも似た表情も醸し出す

それまでの雑踏から抜け出し
多くの生命が眠りにつく夜の帳が下がった頃、
無音の静寂の中に耳を澄ませて
その炎達に清らかな心で向き合うと、
一瞬、そのビジュアルから生命体の可能性(人生)を彷彿させられる

産まれたてのパチパチというお出迎えの拍手音で
その灯火が宿命の始まりを告げ、

運命の道を、誰に頼る事無く単独で歩き出すかのように
本能と己の力で燃え進み

やがて起きるキセキの出会いのように
それまで聞いた事の無い肌で感じる重低音を
心の奥の根にまで
その炎は情熱的に燃え伝える

そして誰しもが平等に訪れる
その役目を終える日のように
彼女達は美しく静かに
安らかと鎮火の眠りにつく

それは最後まで燃えながら
それぞれの終わりを告げる。。。。

当然ながらその人生には同じ景色は存在せず
激しさと穏やかさを持ち合わせた心の熱色と
華やかなビジュアルと、
その素体のような音の残像が
パフュームのエレガントな香りのように
目の前を艶やかに颯爽と通り過ぎる。。。。

電気を使ったあかりでは誕生しない、
炎の人生の揺らぎが、
誰もが抱えるその1日の心配を
それらを過去のこととし、
心の傷や疲れを燃やし去ってくれる

そんな、なんとも美しい炎の揺らぎは自分にとって
いつでもやわらかな場所へその魂を誘導してくれる


ミラノのブルガリホテルの炎も美しかったな。。。。


さて本日紹介するのは
二年程前にフィンランドのトータルテーブルウェアブランド
『iittala・イッタラ」』が発表した暖炉
デザイナーは同じくフィンランド出身のIlkka Suppanen

ステンレスと耐熱ガラスから作られていて、
邪魔なものは削ぎおとし、
ミニマルかつシンプルにデザインされている

また手軽に持ち運びが出来るので
長い夏の宵に、庭かテラスの外で
その炎の灯りで
お気に入りの写真集と向き合うも良し

冬の寒空にはその炎の温もりを身に纏いながら
炎の光の遊戯と降注ぐダイアモンド達を肴に
温かなVin chaud を飲むのも良いだろう
*その足下に寄り添うようにかわいい犬が居たら完璧!

因に余談だがVin chaud は
赤ワインを温めシロップとシナモンを入れるのが定番だが
自分の場合は、温かいホットレモネードに、
常温の赤を割って飲むのがお気に入り。。。。

ちょっと脱線しましたが
『北欧の炎の灯り』がテーマの斬新でHotなデザインの暖炉は
『Fireplace』という名前がついています

この冬欲しいアイテムの1つかな。。。。

もう1つ余談だが
一般的にクリスタルガラスと呼ばれる
透明感のあるこのクラスのガラスは
その透明度を上げる為に製造過程で
人体や環境に有害とされる鉛を使用します

しかしiittalaではその鉛を使用せずに
透明度の高いガラスを作り続けています
正に素晴らしいテクノロジーですよね。

自然を尊敬し、
自然を愛し、
自然と共に生きる北欧の人々の精神が
そのモノ作りの過程でも生かされています。

どう、増々欲しくならない?

写真

自分は絵描きからスタートしていたので
写真自体に興味がそれほど無く、
芸術性も絵画程感じていなかった。。。。

Andy Warholの作品ですら同様の感覚で
ピカソやダリが自分に与えるインスピレーションには
到底及んでいなかった。

母がそうであったように
子供の頃から撮る撮られる事が
=残す、残されるに繋がり
もの心ついた日には、
写真に納めるという行為そのものが大嫌いだった。

パリに住んでいた頃も
カメラを持ち歩かず
全て自分の手で
街並やその特異な景色の瞬間を
キャンパスに取り込んでいた。

写真展に出かけるより
圧倒的に絵画展に出かける事の方が多かったりもする。

ただ矛盾しているのは

カメラ自体のフォルムや質感、デザインは大好きで
また写真集を見る事は問題無く受け入れられる。

特にクリエイティブワークにスイッチが入る直前には
毎回必ず、無意識の状態で
建築もしくはインテリアデザイン関連の写真集を見て
自分を鼓舞している。

少し前、ある事を機に
荷物の整理をしていたら
祖父(血は繋がっていない)のボロボロの
1975年製のASAHI PENTAX KMと
以前遊びで持っていたPolaroid 690が出て来た。
どちらもアナログ感満載。

ちょっとこれで遊んでみようかな。。。。

今日は珍しく女性の写真です。
この空気感、質感、しかも手にカメラ。。。。
帽子もかわいいし彼女がキラキラしている。
幸せが伝わるよね。。。。

透明感のあるこの笑顔、あなたの人生に欲しく無い?

Jekyll & Hyde

愛護⇔虐待

安心⇔不安

異常⇔正常

美しい⇔醜い

狂気⇔正気

自由⇔束縛

柔軟⇔強硬

自立⇔依存

真実⇔虚偽

静寂⇔喧噪

絶望⇔希望

沈没⇔浮上

強い⇔弱い

怠け者⇔働き者

不純⇔純粋

楽観⇔悲観

良性⇔悪性

笑う⇔泣く


これって全部自分

その身体には最低2人の魂が宿っている

人はそれを2重人格、多重人格
複雑怪奇と呼んだりしますが
そんな簡単なものじゃなく
これって凄く悩みもがいていました
幼少の頃から。。。。

精神安定剤の多用化

常備薬の睡眠薬

大量のアルコール

切り刻んだ身体

嫌いな方が出てこないように
終わらせる為に
夜の山道をアクセルを踏み込んだまま
ハンドルから手を離した。。。。

それでも生きている
生かされた?

今は彼が出てこないように
鉛のフタで閉じ込めています

でもクリエイティブワークが
極限に達し出した時

突き抜けたアイデアが降り注ぐ時

魂に火がついた時

それらと引き換えに
その鉛を溶かして
彼がゆっくりとフタを開け出します

そしてフタのきしむ音が聞こえる

爪で壁をなぞるように。。。

背筋に寒気がする

でも引き換えなら良いのかも。。。。
クリエイティブワークに捧げても。。。。


いつか開放されるのかな?

2010090717045700-Jekyll_and_Hyde_Logo.jpg

本と我慢

携帯がPC化し
電子書籍が台頭

増々人間は進化した鉄の塊を手にしている。

それは様々な意味で
新しいストレスと出会ってると感じている。

その塊達は便利で快適、
そして何より時間のショートカットが可能になる。

かさばる本をカフェに持ち込む事無く
読み終えれば、即時に別の本にサーフィン。

場所を選ばず何処ででも
自分の好きなタイミングで、本屋に買いに行く行為すら記憶から薄れる。。。。
期間内に図書館に返却しに行く手間もない。。。。

なんて楽なんだろう。

あまった時間で別の目的に時間を有せる。

なんて便利なんだろう。

日進月歩の進化に、
昨夜まで使いこなしていたモデルが
翌朝には旧型となり、
3日もたてばただの老いぼれになる。。。。

老いぼれって事は、いつまでも我慢してそれと付き合っても
ストレスしか生まれない。。。。
周囲から見ても、まだそれを持ってるの?(苦笑)って目で見られるしね。

CDTの共同事業主はモノを大切に永く持つ方で
ある夜、友人に『あなたの携帯まだアンテナ付いてるの?』って笑われたって
苦笑していたのが記憶に甦る。。。。
確かに持ち過ぎでしょう。。。。それは(笑)

老いぼれは嫌いだけれど
対称物を健康的な文化や
大切に末永く丁寧に側に置く行為は好きだ。

カフェにipadを持ち込む人種は増々増えるだろうし、
それを否定なんてする気なんてさらさら無い!

しかし、Bagから数冊のファッションマガジンを引っぱり出し、
温かなハーブティーと1時間過ごすのも良いだろう。

Bruce Weberと静かな宵を楽しみたい時には
マールやカルバドス、アルマニャック達と
CohíbaのRobustosやMontecristoのNo.4が灰になる45分間を
楽しむのも良い。

本って大切な恋人のようだ。。。。

質感から伝わるその本特有の香りや温もり、
それぞれオリジナルな触感、
次のページは?という期待とドキドキ音と
同じタイミングでハーモニーを奏でるページをめくる音
全て生き物。。。。

本を中心にその一瞬のあなたの空間や世界感を創造してくれる
クリエイトしてくれる。。。。

最新兵器を搭載するのも良いけれど
自分達みたいな本質の価値観を求める種には
本の存在ってわかり易くて大きいものだと感じる。

たまには我慢して、重いあの子をBagに詰め込むのも良いんじゃないかな。。。。

質感を感じるこれらの本が
この世から無くなりませんように。。。。

2010090617460500-

この子も本当に我慢している?








落書き

自分がこの東京で25年間、
ブランド構築という世界を経験して
凄く重要だなと感じているコトは、
コンセプトを細部にまで、
またどのような状況下であっても
その思想を貫き通せるかだと感じている。

例えば飲食店のブランディングでは
商品は勿論の事、そのサービスやプレゼンテーションすべてが
その対象となる。

味という味覚は当然としても

店装およびインテリアデザイン
照明等の目に飛び込んで来る視覚効果

BGMなどの聞かせたい音と、
聞かせたく無い雑音の聴覚コントロール

確信犯的に感じさせたい香りと、
そうではない『いわゆる臭い』の処理とプレゼンテーション(嗅覚)

隣のテーブルとの距離感や
冷暖房および空調等の空気の導線のあり方で決まる肌で感じる触覚

そして自然と伝わる(いや戦略的に伝えさせているんだけれど)
また来たいと感じさせる、来させる為の特別の感覚『6感』

各食器類やテーブルクロス、メニュー、ユニフォーム
店員の役割とサービスのあり方等々。。。。
それらすべてに当たり前のように
そのコンセプトが細部にまで徹底的で圧倒的に
装備されてなければならない。と考えている。

また、そのコンセプトをAZZAMI流に立案する際
ここ数年、特に大切にしている要素が
『Sense of Place』(自分は様々な公演でこれについて話してるので、
聞き飽きてたらごめんなさい。
でもはじめての方もいらっしゃるのでちょっと付き合ってね)であり、
この概念は、どのようなコンセプトであっても、
その土地から『にょきにょき生えてくる』ようなものでないと根付かない。
トレンドは構築出来てもカルチャーとまでは育たない。

いくらトレンドで話題の有名店であっても、
その対象であると感じている。

さて、
自分が手掛けるプロジェクトの1つ『CDT』
(ステーショナリープロジェクト)
のブランディングでも、その手法は勿論採用している。

例えばメモブロックを発表する際に
そもそもこの紙自体の革新技術
(1tの紙を作るのに100tの水を使用し、
その水は汚れ捨てられてしまう。
また木の伐採でその自然は破壊される。。。。
そこで我々は石の粉から紙を創ることで、
水も木も自然環境も侵さない。
また材が石なので水に強く破れにくい)
は当然ながら装備されていて
さらに素敵なデザインを搭載するのだけれど、
そのネーミングも凄く重要な要素で
今回彼は『Graffiti Pad』と名付けられた。

〜その大切なあなたの一瞬のアイデアを
誰にも何からにも邪魔されず、
ストレスフリーで正確に落書きするように
描きだす行為を演出したい〜

と言うのがコンセプトで、

先の環境破壊というストレスで、
紙を惜しみなく使えない。。。。

例えば台風の嵐の中、そのアイデアが
雨のごとく降り注いだのに、
紙が濡れてその画が映し出せない。。。。

そういった余計な想像に邪魔されずに=無心で描けるPAD
それがCDTの『Graffiti Pad』ってところ。。。。。

また人類の歴史を書籍に残すはじめての行為が
石の壁に落書きの様に描いていたことから

木の紙からの革命=原点に戻る(原始のように)=上手い下手ではなく
童心のように落書きをする喜び。。。。
そういったセンスがそこには込められて名付けたんだよね。

グラフィティ・アーティストのトモダチで
ERIC HAZE(ipodのCMディレクターやPUBLIC ENEMY、
LL COOL J、BEASTIE BOYS等のアルバムジャケットデザイン等で活躍)
と数年前真夜中、恵比寿で飲んでた時、
NYの落書きってそもそも犬のマーキングみたいなもので
オレ(力のある本物グラフィッカー)がこの街に来たぜっていう
証明からはじまったんだって言ってた。

それを知っている若輩グラフィッカー達は
その落書き(アート)の邪魔は恐れ多くて出来ない
=その街の落書きに統一感が産まれる。(整備される)
そしてアート作品として大切に残される
観光名所にもなり得る。。。。

なのにそれを知らない素人のガキ達が、
こぞって俺が俺がって感じで
節操無くただ落書きをしているのにウンザリ。。。。
醜くて、でもきっかけを創ったのは自分達
(Keith Haring、Basquiat)だって嘆いていた。
原宿を見てがっくりって。。。。

まぁ本気でもっともっと活躍して
メッセージをしっかり伝える事だねって話したけれどね。。。。

でも面白いよね犬のマーキングって

あっ今日の写真
2010090513323700-pop-small.jpg

この落書きって自然をリスペクトしてない?
なんだかCDTの『Graffiti Pad』と通じてない?

自分は笑みを憶えた。。。。

OLD SCHOOL

アンティークのバービー人形やテディーベアのように
同じ個体でも、受け手側の興味の有る無しで
大きくそのものの価値が左右する。

全く興味の無い人も当然多く存在して、
その人から見れば、それらはただのおもちゃ。
もっと言えばただのボロやゴミ。
目の前をただ通り過ぎ行く存在。

でもそこに価値を見出すコレクター達からすれば
そのボロでも(?)頬擦りしたくなるほど
愛らしい存在へと変化する。

いや、当然それ自体は変化しているのではなく
見る側がどう感じるかで、
ゴミか300万円支払ってでも落札したい存在なのか、
こちらサイドがカードを握る事となる。

面白いよね。
モノをどう見るかで、代々引き継がれる家宝となるか
あっさりポイってゴミ箱行きか。。。。
たとえそのものが本物?でも偽物?であっても
受け手側のこちらサイドが価値観というカードを握る。

人ってそのそれぞれが持つ感受性が面白く
それがその人の肉や骨となり、その才能を創る、
結論からすればそれらが『その人らしさ』なのだと感じている。



自分はスニーカーが大好き

昔からこれといってプレミアムなものに
特別興味があった訳ではなく
よって手に入れた時の満足感や充実感を
先のバービー人形やテディーベアのように常に感じている訳ではない。

しかしそれは、流行やプレミアムなスニーカーに興味が無い
というバッサリ切り捨てた意味ではなく、
常に冷静にそのモノ自体と向き合って来たという事。

誰かに操作されたものか否か全く自分には関係なく
そのもの自体と会話や対峙する関係に彼等は存在している。

現に自分はその日のStylingを足下から固める事が多く
よって自分のワードローブアイテムの中では重要な位置を占めている。

またそれらが本物か否かでもなく、
自分らしいモノなのか否かを求めるようにもなった。
(基準は有るけれどね)

それはスニーカーに限らず、服というワードローブだけでもない
椅子やテーブルにはじまるインテリア家具
陶磁器やグラス、ワインや食材、カメラ、写真集、
もっと言えば普段使用する洗剤の種類やその入れ物、
*sisleyの buff and wash facial gelはお勧め!
jurliqueのhand creamがかわいい石鹸の隣に置いておくと
パーティーでは必ず喜ばれる。
自分は昔の青いデザインが素朴で好きだったけれど。。。。

それら愛すべきトモダチに囲まれる生活って
『UNCONDITIONAL LOVE !』
安定感のある彼等と過ごす事で
本当に安らげるし、それはもう心の豊かさと充実感のブーケってところ。

さてさて、今日紹介するのはNeed Sperryのウールのデッキシューズ
2010090420542900-f0089299_17443165-small.jpg
完璧にカッコいい。
恐らくフラノだよこれ。。。。
履き心地が見るだけで伝わる。
軽くてソフト。。。。
色のコーディネイトも実にタイプ。


自分が和食の基本用語で、お気に入りのコトバ
『旬』と『走り』と『名残り』をこれには感じる。

『旬』と『走り』には夏のアイテムに冬の素材という組み合わせ
『名残り』はデザインそのものが『OLD SCHOOL』
実に『OLD SCHOOL』好きにはたまらないアイテム。。。。

これで秋口ゆったり客船もしくは
例のエルメスのヨットに乗って
見た事の無い『色』を見つけに行きたいな。
アンコンのジャケットを合わせて。。。。。

あっ
バービーのアンティーク見つけた感と同じ感覚を憶えてるよこれ。。。。。
さっき書いたコトバと真逆?(笑)
そrだけ惚れたって事かな。




仕事で海外に行く際、その街で次の『彼等』に出合ってしまった瞬間から
翌日自分のスタッフが、昨日までの自分のその『彼等』を身につけている事が多い。

伊達君!!

彼は必ず毎朝自分の部屋に現れ、
ゴミ箱に投げ捨てた下着以外のもの(笑)を全て持って行ってくれる。

自分は出張や旅先では使い古した洋服で出かけて
手ぶらで帰国するパターンが多い。。。。
時折彼を見て、あれっそのコーディネイトって。。。。
って感じる事が良く有る(笑)。

愛らしいよあなたは!

そろそろ古いのたまって来たから一緒に船に乗って旅でもする?
帰りは全身AZZAMIかもね。。。。


I'm home!

皆様お待たせしました。
今帰ったよ(笑)

全部クリアー

7月20日に救急車で東京青山界隈を散歩して以来、
人間ドックらしき検査をここ数年間、
全く受けていなかったので
この際、徹底的に身体中を検査

早くに他の星に旅立った兄弟の事も有るしね
念には念をという事で

すると出てくるもんだね、
肝臓に18mmのポリープ発見からはじまり、
左の腎臓、結石、肺、膀胱などなど?
言いがかり(笑)をいっぱいつけられましたが
結果全部クリアー!
勿論身体を流れる赤色も全く汚れてないんだって。

造影剤を使用し、身体が不自然に熱くなりながら検査するCT
(東芝製で1台億単位らしいが、あっという間にもとが取れるらしい。。。。
検査なのに看護士さんと何を話してるんだろう自分は。。。。)

『相当技術持ってるから安心して!』と言われたが
やっぱり最低な胃カメラ

腹をヌルヌルにし、押さえつけながら検査するエコー
特に苦手な脇腹を押されると気が遠のく

赤を採種するため、注射針を突き立てられたがやっぱり失敗された採血
(自分は血管が細いため、かなり採血は難しいらしく、
お陰様でシャブ中のように青黒く腫上がった左腕のなごりは暫く消えず
夏の半袖の時期はあちらこちらで言い訳させられました)

等々

数日間にわたり検査しましたが、
一切問題無し。

ちなみに飽きずにあれだけ毎晩『赤』を飲んでるのに
肝臓の数値は完璧に正常を示し、
主治医も『奇跡?相当強靭な肝臓を持ってるね』って笑ってた。
そこは母に感謝だね。。。。
彼女のアルコール摂取量は半端無かったしな(施設にお世話になる前はリアルにアル中だったな)。

夏から秋へ、すべてが新鮮な気分になる季節の変わり目を肌で感じながら
自分も安心して新たな気分でスタート出来る。

関係者の皆様ご迷惑おかけしました。
すこしお待たせしちゃった感も有るけれど
休ませて頂いた分パワーを蓄積して来たので
気合い入れて書きますね。
期待して下さい。

またこの休みの間に、かなり興味深い企画がどんどん決まり出しているので
追って発表して行きます。
楽しみにしていてね。

取り敢えず『AZZAMI復活祭』のご報告まで!

*このブログを読んで頂いています多くのトモダチから
応援のメールやお手紙、お電話等頂きましてありがとうございました。
皆様の温かさが強く伝わりました。
この場をお借りしまして御礼申し上げます。

さぁ やるか!