2010年10月のアーカイブ
ピースは無い!
『無』といいながらも実はそれは『有る』
例えば仏教などの無や空は
『何も無い』ではなく
『何も欠ける所が無い』事を表す
感動や感激という心のときめきも
完璧な完成体となってはじめて得られ
堪能出来るというもの
『無』とは満足の最上級!
だからそこには悲しみも不幸もない
悲しみは何かが欠けていると感じるから
悲しく不幸な感覚となるわけで
逆に感動や幸福は欠けた物が得られたと
感じるから幸福となる
よって全て最初から持っている
完璧に備わっていると気づけば悲しみも感動もない
会えないから出会えた時に感動する
出会えれば出会えるほどその時の感動は大きい
しかし真面目に家族や家庭を大切に持つ人種は
常に満足感の中で暮らしている
普段の生活において彼等には
出会いという感動も無い代わりに
別れと言う悲しみもなくなる
子孫が産まれ育ち家を出る
順番からしたらやがて親達が星に旅立つ
これらのコトは大きな事件ではあるが
普段の日常にそれらを感じながら生活するコトは
限りなく少なくしたい(だって毎日感じてたらストレスだよね)
それって平穏な日々の生活って事かな。。。。
釈迦は
『無い』ものについては
『無い!』とはっきりと理解し
『探す』のを止める
『求める』事を止める
実はあるのではないかと『疑い』を止める
そのような感覚の無の確定により
むしろ自らの存在が浮き彫りになる感覚なり考え方を唱え
先ずは『無を知りなさい』を『教え』の前段に置いた
無とは『何も欠ける所が無い』
すなわちそれは『有る』
一方で『無いものは無いんだ』と。。。。
深く考えるとこれらは同じ方向なのがわかった
今朝も眠れない時間が訪れた
しかし今朝はこれらのコトを考えてみただけで
いつもの心のうつが静かに溶け去った
邪念や雑踏が無くなりそれはまるで
美しく穏やかな朝露の湖畔を眺めている感覚
やっと落ち着けたよ
1、外部から加わる力に対して
はむかうこと、さからうこと
2、すなおに受け入れがたい気持ち
反発する気持ち
すなわちこれらは『抵抗』
もしこの抵抗ってヤツを
自分から消え去るとどうなるのか?
あなたにとって抵抗ってある?
そう聞かれた自分は
はじめは家族と答えた
虐待だけをそこに残し
家族を捨て去り何処かに消えた父
自分を記憶から消してしまった母
先に旅立ちこの世から消えた兄弟
どれほど彼等と対峙した事か
時間も金銭的サポートも
それでも愛をも信じて
どれほど真摯に向き合った事か
結果としてそれらは今でも癒されない傷となり
時より心の中をもて遊んで行く
愛が欲しかった
味わいたかった
絶対的な完成された愛を
気が付けば行き先がなくなった
みなしごのハチとなっていた気がするよ
『抵抗を止める』
それは許すと言う感覚ではなく
受け入れるでも無く
ただ純粋に『抵抗を止める』
こんな実に奥深く『愛しき教え』を
昨日教わった
透明の秋の空気の中で
ありがとう愛しきあなた
はじめは家族だった
浅く『無』という感覚を
そこにあてはめていた
まるでピースの足りないジグソーパズルの絵の様に
それは悲しみの絵だったよ
確かにはじめは
自分は、はじめて抵抗を止めた時
答えとして『有る』という
家族を求める旅に出るのだろうか
ピースなんて言葉すら無い
絶対的な完成された愛を。。。。
答えが見える気がするよ
例えば仏教などの無や空は
『何も無い』ではなく
『何も欠ける所が無い』事を表す
感動や感激という心のときめきも
完璧な完成体となってはじめて得られ
堪能出来るというもの
『無』とは満足の最上級!
だからそこには悲しみも不幸もない
悲しみは何かが欠けていると感じるから
悲しく不幸な感覚となるわけで
逆に感動や幸福は欠けた物が得られたと
感じるから幸福となる
よって全て最初から持っている
完璧に備わっていると気づけば悲しみも感動もない
会えないから出会えた時に感動する
出会えれば出会えるほどその時の感動は大きい
しかし真面目に家族や家庭を大切に持つ人種は
常に満足感の中で暮らしている
普段の生活において彼等には
出会いという感動も無い代わりに
別れと言う悲しみもなくなる
子孫が産まれ育ち家を出る
順番からしたらやがて親達が星に旅立つ
これらのコトは大きな事件ではあるが
普段の日常にそれらを感じながら生活するコトは
限りなく少なくしたい(だって毎日感じてたらストレスだよね)
それって平穏な日々の生活って事かな。。。。
釈迦は
『無い』ものについては
『無い!』とはっきりと理解し
『探す』のを止める
『求める』事を止める
実はあるのではないかと『疑い』を止める
そのような感覚の無の確定により
むしろ自らの存在が浮き彫りになる感覚なり考え方を唱え
先ずは『無を知りなさい』を『教え』の前段に置いた
無とは『何も欠ける所が無い』
すなわちそれは『有る』
一方で『無いものは無いんだ』と。。。。
深く考えるとこれらは同じ方向なのがわかった
今朝も眠れない時間が訪れた
しかし今朝はこれらのコトを考えてみただけで
いつもの心のうつが静かに溶け去った
邪念や雑踏が無くなりそれはまるで
美しく穏やかな朝露の湖畔を眺めている感覚
やっと落ち着けたよ
1、外部から加わる力に対して
はむかうこと、さからうこと
2、すなおに受け入れがたい気持ち
反発する気持ち
すなわちこれらは『抵抗』
もしこの抵抗ってヤツを
自分から消え去るとどうなるのか?
あなたにとって抵抗ってある?
そう聞かれた自分は
はじめは家族と答えた
虐待だけをそこに残し
家族を捨て去り何処かに消えた父
自分を記憶から消してしまった母
先に旅立ちこの世から消えた兄弟
どれほど彼等と対峙した事か
時間も金銭的サポートも
それでも愛をも信じて
どれほど真摯に向き合った事か
結果としてそれらは今でも癒されない傷となり
時より心の中をもて遊んで行く
愛が欲しかった
味わいたかった
絶対的な完成された愛を
気が付けば行き先がなくなった
みなしごのハチとなっていた気がするよ
『抵抗を止める』
それは許すと言う感覚ではなく
受け入れるでも無く
ただ純粋に『抵抗を止める』
こんな実に奥深く『愛しき教え』を
昨日教わった
透明の秋の空気の中で
ありがとう愛しきあなた
はじめは家族だった
浅く『無』という感覚を
そこにあてはめていた
まるでピースの足りないジグソーパズルの絵の様に
それは悲しみの絵だったよ
確かにはじめは
自分は、はじめて抵抗を止めた時
答えとして『有る』という
家族を求める旅に出るのだろうか
ピースなんて言葉すら無い
絶対的な完成された愛を。。。。
答えが見える気がするよ
同じ道
小学校1年生で『ボクシング』(拳闘道)と出会った
それとほぼ同時期に習っていたのが『書道』
自分の経験上
その静と動の相反する『道』だが
実はそれら『教え』の中には共通する事が多い
いや、実際は同じだったと感じている
習いはじめの数年間は
師匠の技を写し鏡の様に
毎日毎日同じ動作を繰り返し行い
まるで昔からの癖や習慣の様に
本能的に身体でその動きや特徴を覚えさせるという事を行う
*考える前に身体が動くという事を皮膚に染み込ませる
この基本が体にしっかりと備わったら
次にセカンドオピニオンではないのだが
更に向上を目指す為に、師匠の元を離れ
他流に出向き、練習という名の研究研鑽を繰り返す
それぞれの『道』の真意に向き合う
*つまりは他の角度から自身に問いかける事を目的とした
書でいうと中国の歴史文化までさかのぼり
人類史上最も優れた『書聖』と称される
『王羲之』の教えを学び
ボクシングでいうと他のジムに通い
新たな知識や知恵を学んだ
更にそれらを越えたところで
それまで学んだ『型』には一切とらわれず
自在の境地に入る、探すようになった
*旅と似た感覚
自分の場合、偶然にも同じ時期に
学ぶ事を終えてしまった
ボクシングはまさに癖となってしまった
繰り返しの怪我
書道は自分の型が見えたのが理由
しかしこの偶然同じ時期で
感性が高ぶる幼少のタイミングに
静と動の相反する『道』と向き合えたのは
その後の自分の人生観に大きく影響を与えたのは間違いない
やるかやられるかの激しい競争社会と
自分と向き合わなければ道は開けず
またその事を毎日繰り返さなければ
そのものの真髄までは見えて来ないということを
皮膚で知っている
都度起こる感動は
脳に伝わるより真っ先に皮膚で感じ
よって『鳥肌』がそのバロメータとなっていたりする
自分の場合は毎日それも何回も何回もその鳥肌が訪れる
またその鳥肌をみてはじめて
あっ感じてるんだって後からわかる事も多い
皮膚が教えてくれる。。。。
自分はストイックだとか真面目だとか
努力家なんて言葉は恐れ多くて
滅相も無いから当てはまらない
自分の中に眠っている怠惰なナマケモノが
目を覚ます事が本当に恐ろしくて
その最低な自分に己を牛耳られないように
日々を真面目に精一杯生きているだけ。。。。
常に戦いは己にあり
怠惰な心や邪念が自分を殺してしまう
2つの『道』から、その1つの事を大きく学んだ
武道を学ぶにあたって『守破離』という言葉がある事を
南の番長から教わった
確かに言葉にすれば自身の経験に当てはまり
わかり易く感じ取れた
あらためて精進と邁進というコトバのギアが入りました
Yさんありがとう、守りました約束。。。。
そしてLOVEです!(笑)
それとほぼ同時期に習っていたのが『書道』
自分の経験上
その静と動の相反する『道』だが
実はそれら『教え』の中には共通する事が多い
いや、実際は同じだったと感じている
習いはじめの数年間は
師匠の技を写し鏡の様に
毎日毎日同じ動作を繰り返し行い
まるで昔からの癖や習慣の様に
本能的に身体でその動きや特徴を覚えさせるという事を行う
*考える前に身体が動くという事を皮膚に染み込ませる
この基本が体にしっかりと備わったら
次にセカンドオピニオンではないのだが
更に向上を目指す為に、師匠の元を離れ
他流に出向き、練習という名の研究研鑽を繰り返す
それぞれの『道』の真意に向き合う
*つまりは他の角度から自身に問いかける事を目的とした
書でいうと中国の歴史文化までさかのぼり
人類史上最も優れた『書聖』と称される
『王羲之』の教えを学び
ボクシングでいうと他のジムに通い
新たな知識や知恵を学んだ
更にそれらを越えたところで
それまで学んだ『型』には一切とらわれず
自在の境地に入る、探すようになった
*旅と似た感覚
自分の場合、偶然にも同じ時期に
学ぶ事を終えてしまった
ボクシングはまさに癖となってしまった
繰り返しの怪我
書道は自分の型が見えたのが理由
しかしこの偶然同じ時期で
感性が高ぶる幼少のタイミングに
静と動の相反する『道』と向き合えたのは
その後の自分の人生観に大きく影響を与えたのは間違いない
やるかやられるかの激しい競争社会と
自分と向き合わなければ道は開けず
またその事を毎日繰り返さなければ
そのものの真髄までは見えて来ないということを
皮膚で知っている
都度起こる感動は
脳に伝わるより真っ先に皮膚で感じ
よって『鳥肌』がそのバロメータとなっていたりする
自分の場合は毎日それも何回も何回もその鳥肌が訪れる
またその鳥肌をみてはじめて
あっ感じてるんだって後からわかる事も多い
皮膚が教えてくれる。。。。
自分はストイックだとか真面目だとか
努力家なんて言葉は恐れ多くて
滅相も無いから当てはまらない
自分の中に眠っている怠惰なナマケモノが
目を覚ます事が本当に恐ろしくて
その最低な自分に己を牛耳られないように
日々を真面目に精一杯生きているだけ。。。。
常に戦いは己にあり
怠惰な心や邪念が自分を殺してしまう
2つの『道』から、その1つの事を大きく学んだ
武道を学ぶにあたって『守破離』という言葉がある事を
南の番長から教わった
確かに言葉にすれば自身の経験に当てはまり
わかり易く感じ取れた
あらためて精進と邁進というコトバのギアが入りました
Yさんありがとう、守りました約束。。。。
そしてLOVEです!(笑)
行き先なんてワカラナイよ
自分には執着心という感覚がかなり欠落している
時が経つにつれ
最低限のモノさえあれば良いという
シンプルな生活が増々気に入っている
今まで比較的生活環境を転々と変えて来たタイプ
いやそれは仕事が大きく影響していたのかもしれない
ある時は2年間韓国のソウルに居たり
また気が付けば2年間上海に居たり
商社マンの転勤じゃないけれど
そんな生活は今も継続中で
ひょっとしたらこの先永遠に
星に向かうまでこんな感じなのかなって?
だって人は何処に行くっていう
明確なチケットを持ってはないんじゃない?
途中下車や、脱線、結局終着地点をわかってる人なんて
実際はいないんじゃないかなと感じている
環境を変える度にモノが減り
気が付けば最低限の仲良しグッズだけが
自分の周りを取り囲んでいる
*彼等に対しては執着というより身体のエレメント
最近不要と感じたものは捨て去るのではなく
周囲の人達の誰かが連れ帰ってくれる
これも時代の流れかもしれないね
その都度世話になったグッズ達に
『またどっかで会おうな』ってメッセージを送る
かなり早いタイミングで、直ぐに会えたりするんだけれど。。。。
執着心が為に、何も新しい景色が見えない人生なんて
時間がもったいないしつまらないよって感じるんだ
頭の中のスポンジも、いつも余白を空けておきたいからね
長年専属でお世話になっている税理士の方の事務所の額には
味のある書体で『断捨離』って飾ってある
良いコトバでしょって
意味を聞くと『住まいを整える』『暮らしを整える』『気持ちを調える』
確かに。。。。
しかしそれらがもしひと言で表現した時
シンプルな生活という言葉が当てはまるなら
自分にとっては何年も前から実践して来たことだし
恐らくそれは否応なしに、幼少からの家庭環境や経験が
断捨離の精神を定着させたんだと感じる
そんなに貪欲でもないし
お金や人モノに執着心も強くは無い
特にお金に価値を見出さないタイプ
だから6年も続けている事業で
自身の財産を提供しても
今まで1円も給与や利益を得ること等無い事業だって平気でこなしている
ただし、道行く後輩や仲間を食わせる為
はたまたアジアではなかなか価値を認めない
クリエイティブという見えにくい価値には
お金を払いたがらない人種が多過ぎるから
その環境改善の為にも
納得すること無くプライドという心を折り曲げてまで
自分の価値を値下げすることはしない
ちょっと脱線したね。。。。
自分にとってシンプルなことは
25年以上使い古した手帳とバック
秘書役のPC&携帯
ミネラルウォーターと赤ワイン
肉より野菜(満腹は好まず7割以上は食さない)
癒しのためのファッションデザインor建築関連の写真
絵画、映画、音、自然環境
それと炎のような愛と茶道の世界の先読みの精神
たった1枚の母の写真データさえあれば生きて行ける
コンビニやレンタルビデオ屋、TV
車、バイク、スケボーや各ボード
家や庭、保守的で温かい同じDNAの家族
プールや暖炉、食卓
ファーストフードや甘いお菓子
赤以外のビールやコカコーラ
宝飾品や葉巻、腕時計に馬鹿高い革靴
クリスタルのグラス
都会の利便性 目覚まし時計
必要以上のお金と名誉
こんなのなくても全然生きて行ける
あっ、あと仕事以外での旅は欲しいかな
結構贅沢してる?
皆さん振り返ると身の回りに余分な油溜め込んでいませんか?
シンプルって良いよ
古い過去、つまらない執着心、いつでも逃げ込めるねぐら
上辺だけの偽物の愛、汚れた血。。。。
捨て去りましょう断固として
そして行く先のワカラナイ旅を理解しながら
着実に歩き出そう、1歩また1歩
時が経つにつれ
最低限のモノさえあれば良いという
シンプルな生活が増々気に入っている
今まで比較的生活環境を転々と変えて来たタイプ
いやそれは仕事が大きく影響していたのかもしれない
ある時は2年間韓国のソウルに居たり
また気が付けば2年間上海に居たり
商社マンの転勤じゃないけれど
そんな生活は今も継続中で
ひょっとしたらこの先永遠に
星に向かうまでこんな感じなのかなって?
だって人は何処に行くっていう
明確なチケットを持ってはないんじゃない?
途中下車や、脱線、結局終着地点をわかってる人なんて
実際はいないんじゃないかなと感じている
環境を変える度にモノが減り
気が付けば最低限の仲良しグッズだけが
自分の周りを取り囲んでいる
*彼等に対しては執着というより身体のエレメント
最近不要と感じたものは捨て去るのではなく
周囲の人達の誰かが連れ帰ってくれる
これも時代の流れかもしれないね
その都度世話になったグッズ達に
『またどっかで会おうな』ってメッセージを送る
かなり早いタイミングで、直ぐに会えたりするんだけれど。。。。
執着心が為に、何も新しい景色が見えない人生なんて
時間がもったいないしつまらないよって感じるんだ
頭の中のスポンジも、いつも余白を空けておきたいからね
長年専属でお世話になっている税理士の方の事務所の額には
味のある書体で『断捨離』って飾ってある
良いコトバでしょって
意味を聞くと『住まいを整える』『暮らしを整える』『気持ちを調える』
確かに。。。。
しかしそれらがもしひと言で表現した時
シンプルな生活という言葉が当てはまるなら
自分にとっては何年も前から実践して来たことだし
恐らくそれは否応なしに、幼少からの家庭環境や経験が
断捨離の精神を定着させたんだと感じる
そんなに貪欲でもないし
お金や人モノに執着心も強くは無い
特にお金に価値を見出さないタイプ
だから6年も続けている事業で
自身の財産を提供しても
今まで1円も給与や利益を得ること等無い事業だって平気でこなしている
ただし、道行く後輩や仲間を食わせる為
はたまたアジアではなかなか価値を認めない
クリエイティブという見えにくい価値には
お金を払いたがらない人種が多過ぎるから
その環境改善の為にも
納得すること無くプライドという心を折り曲げてまで
自分の価値を値下げすることはしない
ちょっと脱線したね。。。。
自分にとってシンプルなことは
25年以上使い古した手帳とバック
秘書役のPC&携帯
ミネラルウォーターと赤ワイン
肉より野菜(満腹は好まず7割以上は食さない)
癒しのためのファッションデザインor建築関連の写真
絵画、映画、音、自然環境
それと炎のような愛と茶道の世界の先読みの精神
たった1枚の母の写真データさえあれば生きて行ける
コンビニやレンタルビデオ屋、TV
車、バイク、スケボーや各ボード
家や庭、保守的で温かい同じDNAの家族
プールや暖炉、食卓
ファーストフードや甘いお菓子
赤以外のビールやコカコーラ
宝飾品や葉巻、腕時計に馬鹿高い革靴
クリスタルのグラス
都会の利便性 目覚まし時計
必要以上のお金と名誉
こんなのなくても全然生きて行ける
あっ、あと仕事以外での旅は欲しいかな
結構贅沢してる?
皆さん振り返ると身の回りに余分な油溜め込んでいませんか?
シンプルって良いよ
古い過去、つまらない執着心、いつでも逃げ込めるねぐら
上辺だけの偽物の愛、汚れた血。。。。
捨て去りましょう断固として
そして行く先のワカラナイ旅を理解しながら
着実に歩き出そう、1歩また1歩
突然の雨
パラパラの雨。。。。
彼は大丈夫かな。。。。
パンは。。。。
心配で心が痛む。
彼は大丈夫かな。。。。
パンは。。。。
心配で心が痛む。
居なかった
彼に会えなかった。。。。
そっと彼の通り道にパンを2つ忍ばせた
根津美術館の方
確実に犯人は自分です
ごめんなさい
明日も同じ時間
そこを通る
そっと彼の通り道にパンを2つ忍ばせた
根津美術館の方
確実に犯人は自分です
ごめんなさい
明日も同じ時間
そこを通る
悲しみと怒り
展示会当日の朝
連日の疲労から
ぼんやりと何も考えずに車中から見える
雑踏の前の静寂を何気なく眺めていた
丁度表参道奥側の
根津美術館の前の横断歩道にさしかかり
右折の為の一時停止
そこにいつもの景色とは少し異なる画が飛び込んで来た
ラブラドールが1人で散歩。。。。
一人?
都会では先ずあり得ない画
大きなビーグルのようにも見える程
彼は痩せこけていて
あばら骨が丸見え。。。。
ラブラドールには見えない
いわゆる都会の犬とは思えない痩せ方。。。。
息が詰まる
深緑の首輪が緩まり
赤信号を頼りなく悲しい目をしながら渡っていた
まさか
その光景に気が付くのに少し時間がかかる程
完全に予想外の画
道行く周囲の人達も
はじめはにこやかに彼を見つめるも
その異常な光景に気が付くや否や
困惑と何をどうして良いかわからなく
佇む人達のシルエットや陰が1つずつ増し
それらは彼の行く末を
ただぼんやりと想像していた
『運転手さん車を止めて』
『コンビに立ち寄って頂けます?』と
コトバを口にする事を察したかのようなタイミングで
『一時の幸せを彼に与えても、そんなんじゃダメですよね
かえってかわいそう。。。。』と
言葉が詰まった。。。。
この場合どうしたら良いのか?
保健所?良い結論が見えない。。。。
比較的『秒察力』が高い方だと
自分では感じていたのに
肝心な時に鈍ってしまった
いや鈍らせてしまったのかもしれない。。。。
また自分は助けられないのか
辛く痛い思いをその交差点に残し
車は目的地へと着実に進む
思わず携帯電話の時刻を見た
明日も同じ時間にここを通る
これは決心だ
ここ数日、忙し過ぎてブログすらアップ出来ない情況で
書き込みたい話しは山ほど有ったのに
いきなりのこの展開で再開とは
捨てたのか、迷ったのか
きれい事では片付けられないけれど
ただただ救いたい
悲しみと切なさと怒りの涙で今朝は始まった
飼い主さん。。。。
誰か。。。。
どうか。。。。。。。
連日の疲労から
ぼんやりと何も考えずに車中から見える
雑踏の前の静寂を何気なく眺めていた
丁度表参道奥側の
根津美術館の前の横断歩道にさしかかり
右折の為の一時停止
そこにいつもの景色とは少し異なる画が飛び込んで来た
ラブラドールが1人で散歩。。。。
一人?
都会では先ずあり得ない画
大きなビーグルのようにも見える程
彼は痩せこけていて
あばら骨が丸見え。。。。
ラブラドールには見えない
いわゆる都会の犬とは思えない痩せ方。。。。
息が詰まる
深緑の首輪が緩まり
赤信号を頼りなく悲しい目をしながら渡っていた
まさか
その光景に気が付くのに少し時間がかかる程
完全に予想外の画
道行く周囲の人達も
はじめはにこやかに彼を見つめるも
その異常な光景に気が付くや否や
困惑と何をどうして良いかわからなく
佇む人達のシルエットや陰が1つずつ増し
それらは彼の行く末を
ただぼんやりと想像していた
『運転手さん車を止めて』
『コンビに立ち寄って頂けます?』と
コトバを口にする事を察したかのようなタイミングで
『一時の幸せを彼に与えても、そんなんじゃダメですよね
かえってかわいそう。。。。』と
言葉が詰まった。。。。
この場合どうしたら良いのか?
保健所?良い結論が見えない。。。。
比較的『秒察力』が高い方だと
自分では感じていたのに
肝心な時に鈍ってしまった
いや鈍らせてしまったのかもしれない。。。。
また自分は助けられないのか
辛く痛い思いをその交差点に残し
車は目的地へと着実に進む
思わず携帯電話の時刻を見た
明日も同じ時間にここを通る
これは決心だ
ここ数日、忙し過ぎてブログすらアップ出来ない情況で
書き込みたい話しは山ほど有ったのに
いきなりのこの展開で再開とは
捨てたのか、迷ったのか
きれい事では片付けられないけれど
ただただ救いたい
悲しみと切なさと怒りの涙で今朝は始まった
飼い主さん。。。。
誰か。。。。
どうか。。。。。。。
禁断の話し?
自分のブログを読んで下さっている
全国のサポーターに
今日はちょっとおかしな
『禁断の話し?』を2つプレゼントします
1つ目
皆さん既にご存知でしょうが
自分は頭を剃っています
大人の坊主頭の世界ってすれ違うたび
100人が100人中行う儀式のような行動があります
*特にアジア
それは必ず横目で『チラっ』と
相手の頭を見るんです(笑)
顔ではなくてアタマです
怖そうな顔の人も
お寿司屋の大将も
タレントさんも
以外と和尚さんまでも。。。。
そしてそれらの行動の果ては
毛根チェック(笑)
『オッ!お前あるじゃん』(毛根が)とか
『な〜んだ恐い顔してるけど、ただのハゲじゃん。。。。』(ゴメンナサイ!)
みたいな感じで、それぞれの心のささやきが聞こえます
薄毛やハゲちゃって剃っている人のほとんどが
しっかり毛根組を目にしてしまい、
はっきりこの人はハゲじゃないんだと
認識してしまった瞬間に
何故か彼等ハゲちゃった族は
そろって下を見ます(目をそらす?そらしたい?)
その瞬間何故だか毛根組は優越感を覚え(変)
少し口元がゆるみます(変)
次にハゲちゃった族は劣等感で
繊細な心が撃ち抜かれます(辛)
自分の毛根はしっかり元気です(笑)
特別意識していないのですが
あまりにも皆が同じ動作をするので
その習慣?風習?がとてもおかしくて。。。。
パリやNYはそんな小さな事
あまり気にしていないので
歩いていてスキンズとすれ違っても
そんなには何も起きないのですが(たまに出会います)
アジアは特に。。。。おかしいね
ちなみに毛根組同士のすれ違いは
『頑張ってるね』
『おっ やるじゃん』みたいな
お互いをたたえ合ってるような空気に包まれます(やっぱりおかしい)
ハゲちゃった族同士はすいません
わかりません。。。。
あっあまりわかりたく無いです
2つ目
題名を忘れたんだけれど
アメリカ映画で
ハゲに悩み苦しんでいた神経質で引きこもりがちな男を
友人が行きつけの酒場に無理矢理連れて行く話
そのハゲの彼はしぶしぶズラをかぶり
(これがいかにもバレバレの安物ズラで、余計に目立つだろうって髪型)
なんとか酒場に到着
何度も入り口で彼は躊躇(ちゅうちょ)するが
友人が背中をドンって押す!
すると出迎えてくれたその店のママが(なかなかの巨体)
オレンジのように明るく陽気で
その神経質の彼を無理矢理ダンスに誘う
お酒の力も借りてか、
はじめは嫌がっていた彼も
徐々に場の空気にうちとけ
大きな一歩を踏み出す
この行動が後に
まさに大きな一歩となってしまう
徐々にそのダンスは激しさを増し(溜ってたんだろうね)
ハゲしく踊るうちに
少しずつアタマがずれる。。。。。
身体の回転にアタマがついて来ていないって感じ(笑)
そしてそれに気が付いた周囲が
彼を指差してクスクス笑いが始まる
『見てみてっ』て感じ
彼はそんな冷たい空気感に全く気が付かず
無我夢中でダンスを踊っていた次の瞬間
『パカッ』
って取れた?外れた?
周囲が『プップー』と吹き出し
でも未だ彼は気が付いていない
その酒場で動いているのは彼だけ。。。。
周囲の冷たくシーンと静まり返る
空気感を感じてか
彼はアタマが無い?事に気が付く
あわててすぐさまそのアタマを拾い上げ
ツルツル部分に装着しようとするが
オレンジ色のハートを持つママがそれを許さない
あろう事かなんとそのママが
その彼のツルツル部分を
むさぼるように両手でなであげ
甘くまったりとした声でひと言
『あら〜っストリップじゃないの〜』
『SEXYじゃない!!』って
その気の効いたサウンドが
周囲のクスクス笑いを
優しい微笑みに変えた。。。。
コトバとは魔法で
使い方一つで
笑いの種類さえも大きく変える
彼は装着する事を止め(あきらめ?)
周囲のやわらかな空気感に何となく
『ペコッ』
何処からか何故か拍手に包まれ
てに持っていた頭をポイって投げ捨て
今度は大きく
『ペコリ!』
それ以来彼はかぶり物協会を脱退し
ナチュラル街道を歩き出す事となった
大きな一歩となった
2つともとても小さな話しですが
ちょっと皆にわけてみました
坊主頭の世界
もう日本は中秋の名月か。。。。。。

全国のサポーターに
今日はちょっとおかしな
『禁断の話し?』を2つプレゼントします
1つ目
皆さん既にご存知でしょうが
自分は頭を剃っています
大人の坊主頭の世界ってすれ違うたび
100人が100人中行う儀式のような行動があります
*特にアジア
それは必ず横目で『チラっ』と
相手の頭を見るんです(笑)
顔ではなくてアタマです
怖そうな顔の人も
お寿司屋の大将も
タレントさんも
以外と和尚さんまでも。。。。
そしてそれらの行動の果ては
毛根チェック(笑)
『オッ!お前あるじゃん』(毛根が)とか
『な〜んだ恐い顔してるけど、ただのハゲじゃん。。。。』(ゴメンナサイ!)
みたいな感じで、それぞれの心のささやきが聞こえます
薄毛やハゲちゃって剃っている人のほとんどが
しっかり毛根組を目にしてしまい、
はっきりこの人はハゲじゃないんだと
認識してしまった瞬間に
何故か彼等ハゲちゃった族は
そろって下を見ます(目をそらす?そらしたい?)
その瞬間何故だか毛根組は優越感を覚え(変)
少し口元がゆるみます(変)
次にハゲちゃった族は劣等感で
繊細な心が撃ち抜かれます(辛)
自分の毛根はしっかり元気です(笑)
特別意識していないのですが
あまりにも皆が同じ動作をするので
その習慣?風習?がとてもおかしくて。。。。
パリやNYはそんな小さな事
あまり気にしていないので
歩いていてスキンズとすれ違っても
そんなには何も起きないのですが(たまに出会います)
アジアは特に。。。。おかしいね
ちなみに毛根組同士のすれ違いは
『頑張ってるね』
『おっ やるじゃん』みたいな
お互いをたたえ合ってるような空気に包まれます(やっぱりおかしい)
ハゲちゃった族同士はすいません
わかりません。。。。
あっあまりわかりたく無いです
2つ目
題名を忘れたんだけれど
アメリカ映画で
ハゲに悩み苦しんでいた神経質で引きこもりがちな男を
友人が行きつけの酒場に無理矢理連れて行く話
そのハゲの彼はしぶしぶズラをかぶり
(これがいかにもバレバレの安物ズラで、余計に目立つだろうって髪型)
なんとか酒場に到着
何度も入り口で彼は躊躇(ちゅうちょ)するが
友人が背中をドンって押す!
すると出迎えてくれたその店のママが(なかなかの巨体)
オレンジのように明るく陽気で
その神経質の彼を無理矢理ダンスに誘う
お酒の力も借りてか、
はじめは嫌がっていた彼も
徐々に場の空気にうちとけ
大きな一歩を踏み出す
この行動が後に
まさに大きな一歩となってしまう
徐々にそのダンスは激しさを増し(溜ってたんだろうね)
ハゲしく踊るうちに
少しずつアタマがずれる。。。。。
身体の回転にアタマがついて来ていないって感じ(笑)
そしてそれに気が付いた周囲が
彼を指差してクスクス笑いが始まる
『見てみてっ』て感じ
彼はそんな冷たい空気感に全く気が付かず
無我夢中でダンスを踊っていた次の瞬間
『パカッ』
って取れた?外れた?
周囲が『プップー』と吹き出し
でも未だ彼は気が付いていない
その酒場で動いているのは彼だけ。。。。
周囲の冷たくシーンと静まり返る
空気感を感じてか
彼はアタマが無い?事に気が付く
あわててすぐさまそのアタマを拾い上げ
ツルツル部分に装着しようとするが
オレンジ色のハートを持つママがそれを許さない
あろう事かなんとそのママが
その彼のツルツル部分を
むさぼるように両手でなであげ
甘くまったりとした声でひと言
『あら〜っストリップじゃないの〜』
『SEXYじゃない!!』って
その気の効いたサウンドが
周囲のクスクス笑いを
優しい微笑みに変えた。。。。
コトバとは魔法で
使い方一つで
笑いの種類さえも大きく変える
彼は装着する事を止め(あきらめ?)
周囲のやわらかな空気感に何となく
『ペコッ』
何処からか何故か拍手に包まれ
てに持っていた頭をポイって投げ捨て
今度は大きく
『ペコリ!』
それ以来彼はかぶり物協会を脱退し
ナチュラル街道を歩き出す事となった
大きな一歩となった
2つともとても小さな話しですが
ちょっと皆にわけてみました
坊主頭の世界
もう日本は中秋の名月か。。。。。。

微笑みの存在
確か70年後半か80年前半だったと思う
Levi'sの広告
日本で見た事の無い印象深い広告
たった1本のボロボロのジーンズが額に納まり
その傷や穴が空いた部分に
いくつもの吹き出しがつけられ
そこには数々のコトバが並んでいた
彼女にプロポーズしようと、
コインポケットにリングを隠していて
それを取り出そうとした時に、
リングが引っかかってポケットについたスリ傷の跡
子供が産まれたと聞き、
慌てて病院に駆けつけようとした雨の日
バイクで転倒し、その時破れた膝の穴
LAからシスコに家族旅行中
車がエンストし、修理していた時
後ろから息子がイタズラをして、
思わずオイルをこぼしてしまったシミ跡
家族4人とX'masを静かに過ごしていた時
興奮した愛犬がキャンドルを倒し、
その時ついた黒い焦げ跡
ちょっと比喩したかもしれないが
自分の記憶はこんな愛らしい印象だった
洒落てるよね!
その1本のデニムに歴史がある。。。。みたいな
こういうモノを愛着を持って大切に使ってあげることって
子を育てる事や友情を確認し合いながら生きる事と似ている
たとえ広告かもしれないが
なんて素晴らしい創造的&美しいのだろう
そこには永遠ってコトバがよく似合う
今ファストファッションが市場を席巻する中
一方でモードやブランド達が新旧問わず
滅び消え去っていく
振り返るとファッションというのは
時代事に大きな波が押し寄せ
都度入れ替わりの代謝が起きるのが宿命
安定出来るのはほんのわずかなモノ達だけ
そのわずかなモノ達や
時に異端児のような次のトレンドが
新しい波を起こす
先日5日パリで市内のグランパレにて
CHANELが11年春夏コレクションを発表した
今回のインスピレーションオマージュは
1961年作の映画『Last Year at Marienbad』
*映画の衣装担当がココ・シャネル
ガラス屋根で覆われたドームの中に
壮大なフランス式庭園が用意され
噴水や敷き詰められた砂、細部まで凝った作りとなった
『これはベルサイユ。つまり、死んだフランスなのだ』と
Karl Lagerfeldの弁
戦ってるよね彼
シフォン、チュール、レースなどを使った軽快なドレスに
ハンドメイド加工を施したスキニージーンズを合わせた
得意のツイードのスーツは新素材で生まれ変わり
彼曰く『ファッションは変わり、布地も変わる
その変化にこそ魅力を感じる』と
しかし『新しさの中には、神秘性も必要だ』とも
なんとランウェイには
80年代にシャネルの顔として大活躍したInes de la Fressangeが登場!
(通称イネド)
彼女の登場で相当カッコよくショーが1つに盛り上がった
恐らく今回の11年のコレクションで
マルジェラを抜く最高の話題なのかなと感じた
『若いロシア人モデルはもう十分に見てきた
なにもファッションをティーンエイジャーのために取っておく必要はない』とも
確かに
ターゲットを次の世代に求めても
例の時代の流れで
今はそこにはCHANELのユーザーが限りなく少ない
イネドの起用は彼の心の叫びなのか
それともモノコトを大切にするという
永遠の問いかけなのか。。。。
ラグジュアリーを越えたロイヤルなそのイネドの笑顔は
永遠という神秘性は確かに存在するって事を強く感じた
永遠。。。。深く憧れるコトバです。
Levi'sの広告
日本で見た事の無い印象深い広告
たった1本のボロボロのジーンズが額に納まり
その傷や穴が空いた部分に
いくつもの吹き出しがつけられ
そこには数々のコトバが並んでいた
彼女にプロポーズしようと、
コインポケットにリングを隠していて
それを取り出そうとした時に、
リングが引っかかってポケットについたスリ傷の跡
子供が産まれたと聞き、
慌てて病院に駆けつけようとした雨の日
バイクで転倒し、その時破れた膝の穴
LAからシスコに家族旅行中
車がエンストし、修理していた時
後ろから息子がイタズラをして、
思わずオイルをこぼしてしまったシミ跡
家族4人とX'masを静かに過ごしていた時
興奮した愛犬がキャンドルを倒し、
その時ついた黒い焦げ跡
ちょっと比喩したかもしれないが
自分の記憶はこんな愛らしい印象だった
洒落てるよね!
その1本のデニムに歴史がある。。。。みたいな
こういうモノを愛着を持って大切に使ってあげることって
子を育てる事や友情を確認し合いながら生きる事と似ている
たとえ広告かもしれないが
なんて素晴らしい創造的&美しいのだろう
そこには永遠ってコトバがよく似合う
今ファストファッションが市場を席巻する中
一方でモードやブランド達が新旧問わず
滅び消え去っていく
振り返るとファッションというのは
時代事に大きな波が押し寄せ
都度入れ替わりの代謝が起きるのが宿命
安定出来るのはほんのわずかなモノ達だけ
そのわずかなモノ達や
時に異端児のような次のトレンドが
新しい波を起こす
先日5日パリで市内のグランパレにて
CHANELが11年春夏コレクションを発表した
今回のインスピレーションオマージュは
1961年作の映画『Last Year at Marienbad』
*映画の衣装担当がココ・シャネル
ガラス屋根で覆われたドームの中に
壮大なフランス式庭園が用意され
噴水や敷き詰められた砂、細部まで凝った作りとなった
『これはベルサイユ。つまり、死んだフランスなのだ』と
Karl Lagerfeldの弁
戦ってるよね彼
シフォン、チュール、レースなどを使った軽快なドレスに
ハンドメイド加工を施したスキニージーンズを合わせた
得意のツイードのスーツは新素材で生まれ変わり
彼曰く『ファッションは変わり、布地も変わる
その変化にこそ魅力を感じる』と
しかし『新しさの中には、神秘性も必要だ』とも
なんとランウェイには
80年代にシャネルの顔として大活躍したInes de la Fressangeが登場!
(通称イネド)
彼女の登場で相当カッコよくショーが1つに盛り上がった
恐らく今回の11年のコレクションで
マルジェラを抜く最高の話題なのかなと感じた
『若いロシア人モデルはもう十分に見てきた
なにもファッションをティーンエイジャーのために取っておく必要はない』とも
確かに
ターゲットを次の世代に求めても
例の時代の流れで
今はそこにはCHANELのユーザーが限りなく少ない
イネドの起用は彼の心の叫びなのか
それともモノコトを大切にするという
永遠の問いかけなのか。。。。
ラグジュアリーを越えたロイヤルなそのイネドの笑顔は
永遠という神秘性は確かに存在するって事を強く感じた
永遠。。。。深く憧れるコトバです。
耳から離れないPiafの。。。。
http://www.youtube.com/watch?v=Cpg4oWjGkaU
他人から見ればはかない人生も
当事者からすれば『なんて事無い』
小さな出来事
あの頃の2人の間を通り過ぎた風
その風は今頃何処を旅しているのかな。。。。
Piafの人生と自分の人生を重ねてみた
一休み
Alone in New York from Giuseppe Vetrano on Vimeo.
Giuseppe Vetrano filmmaker, director, editor, dop
その街には全てがあると言う
目の前に起こるキセキが感動的で
またそれらは常に変わり続ける
人の心に振動を与え
興奮を憶えさせる
雨の日も晴れの日も
朝焼けも黄昏も
どんな日にもあなたにショックを与えてくれる
目で見る事を止め
肌で感じてみる
その街のエネルギーを
いつも人生に誠実で生きようと感じた
楽しむ事を遠慮なく続けようと
久しぶりの氷のリンクを眺めながら
濃いめのWエスプレッソで懐かしの休息かな。。。。
優しさ
あなたは愛する人に何かがあった時
その人を救えますか?
自分は救えなかった。。。。
兄弟の身体が癌で蝕(むしば)まれた際
結果として自分は何も出来なかった
携帯電話ではじめて告知された夕暮れ時
耳を疑う事しか出来なかった
月々の薬代
癌に効くと聞けば知り合いを通じて
西表島までアガリスクを取り寄せ
サメの軟骨
プロポリス
広島で開発中の血液のバイオ
当時日本に2台しかなかったペット
・
・
・
患者自身の心のカウンセリング
家族や周囲の心のケア
使って良い言葉
使えない言葉
・
・
・
学びに学んで実行
術後5年発症しなければもう大丈夫と。。。。
そして運命の5年後
やはり夕暮れ時
携帯電話から聞こえた
一生忘れられないサウンド
『すまん。。。。』
『もうダメだ』と。。。。
目の前の光が消えた
ダメだ苦しいのは彼だ
冷静さと安心感が今の彼にも
自分にも必要ととっさに感じた
『東京に来いっ』
『ありがたいが手遅れなんだ。。。。』
『わからんだろそんな事』
『いや、残念だけどわかってる』
『何言ってんだよ』
『最後は家族のもとから離れたく無いんだ』
『最後じゃない!』
『。。。。。』
『専門医を知ってるから相談するよ』
『ありがとう、でも。。。。もういいよ』
『。。。。。』
『本当にありがとう』
『子供の事、母の事、よろしくな』
『 』
彼は約1年程前から腰の痛みを訴え
引きずるように歩いていた
『おかしい。。。。最近腰が痛いんだ』
『ちゃんと医師に診てもらえ』
『ああ』
膀胱癌がきっかけだっただけに
胃や腸などの周辺部分は定期的に調べ上げていた
が、まさか脊髄に転移していたとは
しかもレモン位の大きさ。。。。
完全に見落としで末期
本当にまさかの展開だった
彼曰く、時より痛みが消える事もあったと
よって結果としてそこを調べていなかった
そして彼は最後まで当初からの主治医の元を離れなかった
その医師が別の病院へ移ると彼も付いて行った
決して最後までセカンドオピニオンを試みなかった彼
主治医とは家族のようなお付き合いで
最後の瞬間
柱の陰で拳を握りしめ
その主治医が子供のように号泣してくれた時
その意味がわかった気がした
癌でお母様を無くされ
それ以来医療関係のお仕事をされておられる
60過ぎの大先輩の女性が以前
こんな事を口にされた
〜実家が地方でね
あの時もっと医療の事を知っていたら。。。。
月に数人の身体を開いている総合病院と
専門的に何十人何百人も開いている病院とでは大違い
無理にでもあの時東京に連れて来ていれば〜
*それは決して地方のレベルが低いと言ってるのではなく
術後のケアや患者と家族の接し方など
総合的に勘案すると、設備や環境が整っているところで
診させたかったという意味
彼女の言葉が身にしみる
あの時何故自分は
無理矢理にでも彼を引っぱって来れなかったのだろうと
何故自分は口先だけで
もっと積極的に強引にでも
セカンドオピニオンを受けさせられなかったのだろうと
自分には強さが足りない
彼が星を旅する頃になってはじめて
悔やみ、自分を責めた
そしてそれ以来髪を剃り
積極的に自分を戒め
出来る限りストイックな生活や
環境を求め続けている
いつ愛する誰かが自分に助けを求められても
受け入れられる精神力を身につけようと
命を投じてでもその人の為につくせる準備を
日頃から心掛けておこうと
彼の病と向き合って学んだ事は
人を助ける事に形なんて無い
それぞれスタイルがあっていい
これがスタンダードって事はない
ただ自分が人を助ける為に
日頃から装備しておかなければならないのが
『厳しさではなく優しさ』だと
本気でそう感じている
救うには強さも必要だが
さりげなく見守る優しさも大切なんだなと
彼から大きく学んだ
昨夜は星があまりにも綺麗に輝いて見えた
彼は今何処を旅してるんだろう
その人を救えますか?
自分は救えなかった。。。。
兄弟の身体が癌で蝕(むしば)まれた際
結果として自分は何も出来なかった
携帯電話ではじめて告知された夕暮れ時
耳を疑う事しか出来なかった
月々の薬代
癌に効くと聞けば知り合いを通じて
西表島までアガリスクを取り寄せ
サメの軟骨
プロポリス
広島で開発中の血液のバイオ
当時日本に2台しかなかったペット
・
・
・
患者自身の心のカウンセリング
家族や周囲の心のケア
使って良い言葉
使えない言葉
・
・
・
学びに学んで実行
術後5年発症しなければもう大丈夫と。。。。
そして運命の5年後
やはり夕暮れ時
携帯電話から聞こえた
一生忘れられないサウンド
『すまん。。。。』
『もうダメだ』と。。。。
目の前の光が消えた
ダメだ苦しいのは彼だ
冷静さと安心感が今の彼にも
自分にも必要ととっさに感じた
『東京に来いっ』
『ありがたいが手遅れなんだ。。。。』
『わからんだろそんな事』
『いや、残念だけどわかってる』
『何言ってんだよ』
『最後は家族のもとから離れたく無いんだ』
『最後じゃない!』
『。。。。。』
『専門医を知ってるから相談するよ』
『ありがとう、でも。。。。もういいよ』
『。。。。。』
『本当にありがとう』
『子供の事、母の事、よろしくな』
『 』
彼は約1年程前から腰の痛みを訴え
引きずるように歩いていた
『おかしい。。。。最近腰が痛いんだ』
『ちゃんと医師に診てもらえ』
『ああ』
膀胱癌がきっかけだっただけに
胃や腸などの周辺部分は定期的に調べ上げていた
が、まさか脊髄に転移していたとは
しかもレモン位の大きさ。。。。
完全に見落としで末期
本当にまさかの展開だった
彼曰く、時より痛みが消える事もあったと
よって結果としてそこを調べていなかった
そして彼は最後まで当初からの主治医の元を離れなかった
その医師が別の病院へ移ると彼も付いて行った
決して最後までセカンドオピニオンを試みなかった彼
主治医とは家族のようなお付き合いで
最後の瞬間
柱の陰で拳を握りしめ
その主治医が子供のように号泣してくれた時
その意味がわかった気がした
癌でお母様を無くされ
それ以来医療関係のお仕事をされておられる
60過ぎの大先輩の女性が以前
こんな事を口にされた
〜実家が地方でね
あの時もっと医療の事を知っていたら。。。。
月に数人の身体を開いている総合病院と
専門的に何十人何百人も開いている病院とでは大違い
無理にでもあの時東京に連れて来ていれば〜
*それは決して地方のレベルが低いと言ってるのではなく
術後のケアや患者と家族の接し方など
総合的に勘案すると、設備や環境が整っているところで
診させたかったという意味
彼女の言葉が身にしみる
あの時何故自分は
無理矢理にでも彼を引っぱって来れなかったのだろうと
何故自分は口先だけで
もっと積極的に強引にでも
セカンドオピニオンを受けさせられなかったのだろうと
自分には強さが足りない
彼が星を旅する頃になってはじめて
悔やみ、自分を責めた
そしてそれ以来髪を剃り
積極的に自分を戒め
出来る限りストイックな生活や
環境を求め続けている
いつ愛する誰かが自分に助けを求められても
受け入れられる精神力を身につけようと
命を投じてでもその人の為につくせる準備を
日頃から心掛けておこうと
彼の病と向き合って学んだ事は
人を助ける事に形なんて無い
それぞれスタイルがあっていい
これがスタンダードって事はない
ただ自分が人を助ける為に
日頃から装備しておかなければならないのが
『厳しさではなく優しさ』だと
本気でそう感じている
救うには強さも必要だが
さりげなく見守る優しさも大切なんだなと
彼から大きく学んだ
昨夜は星があまりにも綺麗に輝いて見えた
彼は今何処を旅してるんだろう
