2011年03月のアーカイブ

健康と不健康

たとえば
日本政府が福島第1原発の半径20キロ圏内に避難勧告
20~30キロ圏内には屋内退避を指示
一方米国では、同原発から半径80キロ以内に住む米国人に避難勧告
日米でその範囲が大きく異なる

また政府は21日
福島第1原発からの放射能漏れを受け
福島、茨城、栃木、群馬の各県で生産されたホウレンソウとカキナ
福島県生産の原乳について
食品衛生法の暫定基準値を超える放射性物質が検出されたとのことで
当面、出荷を控えるよう各知事に指示。。。。

これらには一般に健康を害する意外にも共通点がある
避難勧告の距離感については
日本は既に大きな事故を起こしてしまった原発1機(1号機)のみからの
放射能漏れの危険度からなる避難距離を計算
これに対し米国は
1〜6号機全てに問題が生じた場合(最悪のシナリオ)を想定した
避難距離を割り出したのだと

ホウレンソウやカキナについても
今回の暫定基準値の算出は
地面から引っこ抜いた状態での数値であり、
土を払い、水洗いした数値ではない
要は実際にそれらを口にする時の状況下での数値では無いのだそうだ。。。。
加えると、現数値であれば食しても影響の無い範囲だと
*心配ないね!

これらの共通点は情報の深度の問題、連絡不足、確認不足にある
聞かなかったから言わなかったに近い不健康な感覚かな

問題定義を伝書鳩のように市場にただ投げつけ
無駄に騒ぎ立て風潮のように去って行くのではなく
このような算出の見解や数値のトリックの裏側を
健康的にしっかりと正確に紐解いた上で情報を提供し
次に『さてどうするか!』という建設的な議論を交わす
導いてくれる場の提供をメディアに希望したい

勿論それらを議論しているメディアも多くはあるが
感じるのは何よりも視聴率に本質をおく事からなのか
ワイドショー仕立て(演出過剰)が多く
そこに選抜される評論家も、限られた制約の中で
本来の実力が発揮されていないようにさえ感じる
いわばお茶飲み仲間の会合に付き合わされている感を憶える
不健康だね

ニュースとして、大人として見識高い情報発信、議論の場が
この国においてはもっと欲しいよ

*情報が薄く精神的にも圧迫のある被災者やその現場では
見解を示さない、ただ投げっぱなしの情報が
時として彼等の心を大きく傷つけ不安や混乱を招いてしまう

ではこの環境下で我々はどうするのか?
恐らく多くの問題は、情報を聞く受けて側の姿勢にあるのかなと

大きく別れるのはその情報を活用するか否か
活用しなければ個人消費が目的なので何も問題は無い

活用する際に我々は細心の注意が必要なのではないか?

先ず、正確な情報を知りたいのであれば
ひとつの情報源だけではなく、いくつかの要素から検証し判断する
納得出来るまでその情報を自分達で調べるってこと
今ではお手軽にネットである程度の確度の高い情報は得られる
(逆に言うと、信憑性に欠ける噂や個人の解釈も多いので
その点は意識をしなければならない)

もし愛する家族や身内に、がん患者が出てしまったら
ただただ医者任せだけではなく、徹底的に今その身に何が起きていて
今後それらとどう向き合えば良いのか?
病院も1つではなくセカンドオピニオン制度も適用するだろう
その情熱や使命感と全く同じ事が言える

次に、その領域の素人でありながらも
自分の見解をメディアを通じて発信したいのなら
(特に影響力のある素人は控えるべきだと感じるが。。。。)
思いやりや配慮を持って、いわばタイミングや情況という
『見えない空気』を読んで、健康的に発信する姿勢が大切かなと感じる

自分の言葉がどれだけ一人歩きするかわからない
決して悪気は無かったんだけど。。。。
でも手遅れになる事も往々にしてあるからね


ここ最近、個人ブログの内容が醜く
愚かな族(やから)が多く感じる

要は批評ではなくただの否定家や
『僕ならこうする』を雄弁に語った
言葉だけで何もアクションしていない
『ちゃぶ台妄想家』がやけに目につく

そんな族(やから)が名指しで
国のTopや東電に悪態をつき噛み付く。。。。
多くの心の無い言葉。。。。全くの不健康に呆れるね

今そんな事『のんき』に語ってる場合ではないでしょう
ぬくぬくとPCのキーボードをパチパチ叩いている場合じゃないのでは?

僕は案にナショナリズムを唱っている訳ではない
状況下の空気を読む、マナーや道徳、社会人としての責任と節度ある発言が
健康的にこの国を向上させる
真の大人社会の形成が必要ではないかと感じています
まさに今このタイミングで!


国のTopや東電、はたまた被災者やその家族
農家や漁業家、水道水も不安で飲めない方々
突然の停電を強いられている人々
彼等は皆、必死で見えない魔物と戦っている

お互い協力し、協調性、社会性を保とうと必死で生きている
真の大人ではないか?この調律
暴挙、略奪が起きていないんだよこの国は!
全く美しく健康的だよね

本当の汗や涙、血を流している彼等を否定するのは
どうあれ最低でも『今は違う』と感じています
そんな幼稚で村八分を楽しんでいる老いぼれの悪態に
健康的な僕等の思考は流されません

僕は決して教育者ではありません
生涯生徒を志しています
人の上に立つなんて勲章は全く必要ない
僕等が出来る事は
建設的な思考者を、わずかで構わない
少しでも増やすきっかけに成れればと感じています

健康的で真の正義を宿すきっかけに成れればと感じています

もし悪に手を貸そうと病んでいる心に
そうじゃないよって間を刺すきっかけに成れればと感じています

『もっと健康的になろうよ』の輪を広げたいだけ

不健康に汗もかかず、涙は愚か否定を越えて
ただただ盲目の怒りを
自分のメディアの前で優雅にPCと向き合っている
そんな即席の専門家や嘘っぱちの指導者に
惑わされないで下さい。
洗脳は虐待です

今この国で優先すべきは
モノコト両面からの二次災害の最小化

それぞれの心のメンテナンス

そして今後の国のビジョンと
復興に向けた具体的なアクションだと感じます

『さてどうするか?』ではなく
『さてどうするか!』
各々が抱える問題も正しく分かち合いながら
健康的に解決しながら生きたいね
手を取り合って
助け合って

あっ最後になっちゃったけれど
ここで言う健康って
世界保健機関(WHO)が定めた健康の定義を意味しています

『健康とは、身体的、精神的ならびに社会的に完全に良好な状態にあることであり
単に病気や虚弱でないことにとどまるものではない
到達しうる最高度の健康を享受することは
人種・宗教・政治的信念・経済的ないし社会的地位のいかんにかかわらず
すべての人類の 基本的権利のひとつである。』 と。。。。

『病気ではない』ことと『健康である』ことは
まったく別であるとそれは打ち出しています

心身ともに良好な姿
早く身につけたいな。。。。

学んだよ!

被災地の避難所で取材するレポーター
映像の後ろに、笑いながら大きくはしゃぐ
2、3歳位の女の子の姿を見つけた

安心感を憶えた

子供は頭だけでは考えない

そもそも笑いが何故産まれたのか?
同志社大学の友人の卒論で書かれた言葉

恐怖から笑いが起きる。。。。と

笑いの起源はこうだ
大昔、楽しくはしゃいでいた猿の群れがあった
その中の大人の猿の一匹が木に昇り
大きな大きな木の実を取ろうとしていた
次の瞬間、その実が木からはずれ落下
下にいた群れの子供の頭に命中

割れた。。頭が。。。。

それを見ていた猿達は一様に言葉を失い動揺した
何故か身体が震える猿達
何が起きたのか理解出来ない猿達

中央で、もがき苦しむ子供の猿

見たことの無い光景に、周囲の猿達は立ち尽くす
やがて木から降りて来た大人の猿がそれを見て

『笑った』。。。。

その笑いが隣、またその隣の猿に連鎖し
笑いの渦が小猿を取り囲んだ。。。。

怖かったんだ

どうして良いのか分からず
とにかく、あまりの恐怖からなのか
野性の本能が『笑い』というスイッチを起動させた

これが『笑いの起源』とその友人は説いた


なるほど

どうして良いか分からない時
呆れすぎた時
疲れすぎた時
怒りが越えた時
確かに自分の基準値や想定を越えた時には
必ずやヒトは笑っていたかもしれない

笑いって恐怖をごまかす本能の手段なのかもしれないね
笑いって不均一な流れを、元に保とうとするバランスメーターなのかもね
いわば、そのコミュニティーの中で
究極の安定を保つための行為なのかもね。。


その被災地の女の子は
慣れない環境下からか
大きな笑顔であどけていた

本当に怖いんだろう。。。。

でもその笑顔は決して人を苦しめないだろう
その女の子から勇気をもらい
その女の子のためにも、またその女の子のように
そう考えると新しい力が宿る、連鎖が起きる

今、東京の僕の周囲の人達は
僕が心配すると笑っている
不均一な流れを認めたく無いんだろう
調和や協調性が問われる中
心のバランスを保ちたいからなのだろう
皆がんばってる
凄い
本当にカッコいい
誇れる仲間達
東京いいぞ!


沖縄で単一電池が店頭から消えたって。。
観光客が到底行きそうに無いローカルエリアでも電池が無い
何故に?
物資を送れる情況でもないのに
誰が買ってるの?
備蓄のため?
だとすれば
TVやメディアが不安をあおってるんじゃないのかな?
また買い占めるな!っていう発言も
よっぽど物資が無くなるって事を感じさせているのかな?

買い占めるなと言えば買い占める
余分なものまで買い占める
確かに被災地と東京は物資が足りない
でもその中身は異なる
物資が滞り無くある沖縄でも
一部物がなくなった。。


今朝あるtwitterの情報を知った
薬局に高校生くらいの男の子がトイレットペーパーを返品しに来たらしい
聞いたら、『親が昨日2つも買ってきて、みっともないと思って返しにきた』そうだ
その子の親は子供達や家族のためにと思い
何時間もの長蛇の行列の中、やっとの思いで買えたのかもしれない
でもその親の子は『みっともない』と言って返品する
その我が子の姿を見て
その親も子供に教えられたのかもしれないね
自分一人で生きているんじゃないって事を
きっとそこには笑顔が産まれたのかもね
微妙な?。。


今、多くのメディアや一部の個人のブログで
被災地をはじめ、原発からなる放射能の目に見えない恐怖や
停電や物資の不足からなる、東京の不安定さを語るヒトがいる
どうやってもこれらは全て同類項で
語ってしまうとそれを聴いた、読んだヒトが他の人に伝えてしまう
伝える側の意思とは関係なく。。。。
そして不安定な連鎖が大きな渦となってしまう

今、本当に必要な事は
あどけない子供の姿のように
笑いながらでも触れては行けない破裂しそうな不安を
冷静に取り除かなければならない時なのではないだろうか
心のメンテナンスが必要なときではないだろうか?

店頭から物がなくなってから
無くなりません!じゃ遅い
先の高校生の男の子の様な話題を
バラまく事の方が意味がある

首都圏の不安や憎悪を書く時ではない
ポジティブにモチベーションを上げる事を描かないと
そしてそれが『人の心を動かす』『気付かせる』きっかけになればと
僕はそう感じた
子供達から多くを学んだよ

ありがとう未来の宝
日本の未来は明るいな!!


今、僕のブログでは不安をあおる事は絶対描かない

ラジオから

少し前

どっかの星に行っちゃったマイケル

今日ラジオから突然流れたこの曲が

心に染みました

恐らく僕等の心の中にある彼だから
変に色つく事無く
スーッと心に響きました

この不安な環境下で
『楽観的じゃないか!』って
お叱りも受けるかもしれないけれど
日本全国お通夜にする気は無く
哀しいのは皆同じ
でも何かをきっかけで
何かを動かし出さないと。。。。

そう感じています


避難所や停電の中

本人やその家族

恐怖と不安の闇から

その皆の苦しみが

少しの間でも

優しいあの日の気持ちを

取り戻せるように


そう感じています

貴方を信じています

皆で力を合わせて

世界を癒そう


聴いて下さい

http://www.youtube.com/watch?v=KxTjhEDuvUM

僕等の自制心

余震が何時来るかわからない情況で
メディアが繰り返し繰り返し流す
変わらぬ悲惨な映像や
コロコロ変わる曖昧な情報は
無駄に人の心に不安や恐怖をあおります

それらの情報から冷静な距離とバランスが保てなくなり
自分が今、生きていることに罪悪感を感じてしまったり
逆に現実感を失いボンヤリしてしまったり。。。。
その大切な自制心を失いかねません

だからこそ、こういう時だからこそ
冷静な心の備えが必要だと感じるので
今日はこのブログをアップします

今生きてるって事を各々が自覚し
決して自分を見失うことなく
冷静な『判断』『行動』を選択することの必要性
パニックになったって何も意味が無いってことを
改めて心に刻む時が来ました

自制心を保ち冷静の衣に身を包むか
不安な要素(エネルギー)をそのメディア同様に
周辺にまき散らすかによって
貴方やその周辺に起きる様々な景色が
大きく変わるでしょう

そんな僕も実は昨日まで何故だか頭痛がひどく
身体が気怠く、常に船酔いの様な感覚でした
いつもに増してやけに感受性が強く
ボンヤリしたり、突然涙が出てきたり
罪悪感が溢れ出したり。。。。
バランスを失いとにかく不安定な精神状態でした

必要なニュース速報のみ確保し
テレビから離れ、外の空気をゆっくり
そして大きく身体に取り入れたら
テレビで繰り返し繰り返し流される悲惨なその映像が
非常に強い吸引力を持っていたのに気が付かされました
ネガティブでインパクトの強い負のスパイラルに
あっさりと引きずり込まれていたのです
(今のメディアは劇場型であり
人々の不安をあおるのが特徴でもあります)

こうしたメディアが人々にもたらすネガティブで
インパクトの強い負のスパイラルな情報は甚大で
このような映像のプールに何度も何度も自分をさらすことは
何の役にも立たないのです

甲高い声や、まくしたてる様な早口、眉間にしわを寄せる表情
いたずらにゴシップ調の質問
緊急速報の合図の音(頭の中でトラウマのように鳴り続けています)
取材レポーターに画面が切り変わると
そのレポーターのインサートは駆け足からはじまったり。。。。
そんな臨場感は全くこの場に必要ない
ドラマじゃないんだから。。。。と怒りを覚える程それらを強く感じます
到底肯定なんて出来ません

原発以降NHKに出ている解説員の方
(おそらく2日間同じ服で、紫色で固めているメガネの方)
のファッションが、ポールスミスのシャツとジャケット
(恐らくネクタイも?)
もしくはその感度を真似た様なスタイリングを見たとき
はじめは『このタイミングでそれちょっと不謹慎じゃないかな?』って
ファッションを仕事にしている自分ですら感じたけれど
しかしその事によって
いつもの自分が戻って来たことに気付かされました

ぶつぶつファッションチェックしている自分。。。。

混乱する情報や興奮させる環境から
自制心を取り戻すための導入剤の1錠に
不謹慎かもしれないけれど、確かに彼のスタイリングはなりました
紫の方ありがとう?。。。。


今、僕達に最も大切なのは、人とのコミュニケーションです
非常時に人が人を求める行動はとても自然なことで
その時の自分の思いを素直に言葉にして
身近なコミュニティでシェアしたり伝えるって事を繰り返す
すると意外にも落ち着いて来たりします
『アイツ冷静じゃないな。。。。落ち着かせなきゃっ』てなったり
『あれっ自分って騒ぎ過ぎ?』だったり
人と話す事で自分の行く道を、照らす合わせ鏡になることもあるでしょう
積極的な人とのコミュニケーションは
ネガティブな負のスパイラルから抜け出すきっかけになると感じています

そのコミュニケーションを通じて
僕等の自制心をしっかりと保ち
自分を見失うことなく冷静な判断ができるように僕は願います

TVやラジオだからってその情報が全て正しいとは限りません

この小さなメッセージが何かのきっかけとなり
今そこにあるあなたの命が
健康で安全に守られますことを心から祈りたいと感じています

信じています
美しく宿っている僕等のDNAを

努力の賜物

今朝の一部のメディアの言葉を借りると
東京電力の計画停電の実施について
二転三転の報道に、その対象者が困惑していると。。。。

こういう伝え方をしなくても良いんじゃないかなと感じた

僕なら『皆の努力の賜物』と発信したい

確かに公の場で国民に発表された計画ではあるが
東京電力からすれば、少しでも安定した供給を実施したいと考えるのは当然で
消費者からすれば、停電は避けたいと切に願う
電力需要(需給のバランス)を見て判断する事になる訳だから
変動するのは当然想定される

万が一計画が実施されなければ
『皆様の節電の努力のお陰で、停電が避けられました!』
となってしかるべきだし
そうなると実際節電に協力された方々は
その使命感や達成感が得られ
この努力が、次の努力(高い意識を産む)に連動すると感じる

『困惑』って表現で、国民の感情を無駄にあおる必要は無い

また、今までの経緯を何度もすり込むように流す報道が
果たしてこの緊急時に何の役割があるのだろうか?
死角になっているエリアや
本当に必要な情報と手助けを伝える事が
最も重要ではないだろうか?

無駄に騒ぎ国民の感情を揺さぶるのではなく
如何に冷静に現実に対応するか
『協調し合う力の必要性』を伝える事が
今こそメディアに求められる姿では無いだろうか?
それでも国のTOPはメディアに気を使いながら
しっかりとリーダーシップを発揮している
伝え方ひとつ配慮する事で
受け手側の印象は大きく左右するんだから


一方、今回の震災で『伝わる』『見える』日本の美しい心が
そのメディアから見えて来る

道の端に寝る、休む事で
緊急時に対応出来る姿勢

列を守りおにぎりをわけ与える姿勢

救助された直後にマイクを向けられた女性の第一声
『自分はどうでも良い、他の人を!』と

津波による崩壊を目前にするも
ただ立ちすくんで泣きわめくだけではなく
この場は危険だから高台に逃げろ!と発する声とサポート体制

メールやtwitterなど、時間をショートカット出来るメディアを
個々が持つこの時代
それでも従来のメディアに頼る人口の大きさからすると
その底力が問われる

日本のメディアの素晴らしさも、美しい心と共に
世界に発信し、その世界を牽引して欲しいと切に願う

僕も微力ながらこの小さなメディアを通して
暴挙や略奪が起きないように
国民の一人一人の心が折れないように
抑止力のきっかけとなってくれるよう願いを込めて
一連のブログを続けたいと感じています

この災いの多い小さくそして美しい孤島に産まれた事に恩返ししたい

地震

はじめに
今回の災害で亡くなった方々の冥福を心から祈ります。


それは9,11を偶然LIVEで見た時と同じ空気が身体を覆った

震えた

画面からリアルタイムで流される津波の映像

逃げて!

その願いしか無かった

一夜明けた今も各地で揺れが続いている
TVでは被害の大きさを伝えている
どうなって人が亡くなっているかを伝え続けている

船酔いのように目が回りそう

今知りたい情報は
どこに行けば水が飲めるのか?
救援物資が何処で何時配られるのか?
必要な事は精神的なサポート
パニックから遠ざける事ではないか?
冷静さの重要性を伝える事が大きな役割だと感じる

twitterの力は大きい
即座に必要な情報交換がなされている
それを使いこなせない方には
何があるのか?
メディアはそこをよく考えて欲しい。

しかし
そのメディアから流れる映像から
大旨世界の災害後の共通の画がそこには無い

略奪、強奪、二次災害の規模

空港では毛布や非常食が既に配られている
小さなレストランで、出来る限り無料で食を配る姿勢

美しい日本がそこにある
誇れる日本がそこにある
個々の中に
小さなコミュニティーの中に
助け合い、思いやりの心が芽生える

頑張れでは無くて、『頑張ろう!』という意識

僕達に宿っている大和魂のDNA
底力を今見せる時が来た

見せてやろう世界に

世界に誇れる日本の生き様を!

一緒にがんばりましょう
力を合わせて
それぞれが今出来る事にしっかり目を向けて

Break time

Christopher Robinに憧れるよ

彼はロンドン生まれのスコットランド人で
児童文学作家、ファンタジー作家、推理作家、詩人、劇作家の父
Alan Alexander Milne(アラン・アレクサンダー・ミルン)と
母ダフネとの結婚7年後に誕生した1人息子

Alanは、かの有名な『Winnie The Pooh』を産んでくれた人物
その『Winnie The Pooh』は
Christopher Robinのために創造された物語

1人息子のために愛を込めて描かれたその美しい作品は
結果として世界中の子供達に多くの夢を与える事となる

なんて素敵な物語だろう
Poohも愛らしくて素晴らしい作品だけれど
それを取り巻く周囲の事情すらキラキラしていて素敵だね

きっとAlanはRobinのために
枕元でこの作品を読んであげたんだろうな
読みたかったのかもしれないね。。。。
Robinは数えきれないいくつもの夜を
本当の愛の言葉で包まれ
多くの幸せの夢の入り口を
瞳を閉じながら記憶を遠のかしたんだろうな

まったく憧れるね
こんなpapaと息子の関係。。。。

昨日こんな素敵なpapaに育てられた
美しい心を宿した方から人生の休息について教えをもらった
『Break time』の時が来たんだよって

Break time。。。。か。。。。

とっととどっかの星へ遠のいちゃった兄弟が
僕に残した言葉がある
『男ってのはな、トイレと風呂と眠る時だけ気を抜ければ良いんだよ』って
そのかわり、その時間だけは誰にも邪魔させるなって。。。。

その言葉通り生きて来たよ

ただ時より頭では『まだまだっ』て言い聞かせていても
身体が『限界っス』て時には
気が付けばサイレンの中に居たし
手術台の冷たい皿の上で
記憶が遠おのくのを何度か経験したよ(Robinとは全然違うね。。。。笑)

生きる事自体にスイッチオフの釦を探しても
結局は見つけられなかったし
生きろっ!働けっ!てことなんだろうなって
また頭で言い聞かせながら
体と魂を揺らし続けていた

そこにBreak time!の必要性を説かれた

南の島のもう一人の母にも
何も考えずに行きなさい
考えるとそれがプレッシャーになるから
行く意味が無くなるからねって
そして出来れば
3年は帰ってこようとしないでねって
背中を『ポンっ』て押して頂いた

一旦頭の中のスポンジをからにして
その地でいっぱい刺激を吸収して来てねって
それをまた落としに帰って来たり
また吸収しに。。。
行ったり来たりを繰り返してねって

そっかそれって実は
Break timeなのかもって改めて昨日気付かされた


物語の中でPoohは頭が悪い(空っぽ)設定(笑)
でも頭が悪い(空っぽ)からか
素晴らしい詩を数多く創っている
また、頭が悪い(空っぽ)からこそ
いろいろな考えごとをしていて
大水の時にはThe Floating BearやThe Brain of Poohなどの船を発明している

Break time=意識的に頭を空っぽにする時期って必要なんだろうな
きっとまた大きな何かをはじめる前兆なのかもって
大きな何か。。。。
今はとにかく考えずに出掛けよ

僕にはpapaはいなかったけれど
きっと自分で見つけるよ新しい夢の入り口を

Rock the Casbah

湾岸戦争開戦時に
AFNで最初に流された曲を知っていますか?

近年『2つの違う文化を戦わせる』と言う意味で用いられるこの言葉は
82年全米シングルチャートのトップ10に唯一ランクインした
『The Clash』の最初で最後の名曲『Rock the Casbah』

『The Clash』は反ファシズムの姿勢を
明確に打ち出すメッセージ性の強いバンド

中心メンバーのJoe Strummerは
実の兄のデヴィッドを自殺出なくしている
理由はデヴィッドが白人至上主義を標榜する
イギリス国民戦線に入党していたことから
それが何らかの形で彼の自殺につながったのだと。。。。
このことが、後にJoe Strummer率いる
『The Clash』の音楽の方向が定まった

にも関わらず

メンバー達の思想とは真逆に
湾岸戦争開戦時にAFNから何度も繰り返しこの曲を流された事は
バンドの反ファシズム的立場に対して
非情にも皮肉的なエピソードとなった

米軍が爆弾に "Rock the Casbah" と記していたというニュースを見た
Joe Strummerはその事実を知り
『まさか俺の曲が。。。。』と悲しみに苦しんだとされている

湾岸戦争時の人気にも関わらず、
またその社会的影響から
『9.11以降クリア・チャンネルで不適切指定された楽曲リスト』の一曲に
この曲が選出された

なんだそれ?
事実は何処にあるの?


この曲の歌詞は
ホメイニ政権下のイランで
当時ロックを聞く事が禁止され
その事がこの詩に大きく影響している

“Rock the Casbah”『カスバ(要塞=魂)を動かせ』と
人民が声高らかに唱い上げ
王の禁止命令にも関わらず
人民がロック禁止令を無視し始めた

王は禁止令を冒す者を戦闘機で爆撃(あり得ない行為)するよう命じたが
パイロットは命令を拒否!(素晴らしい行動)
コックピットの無線機でロックを聴いていたと。。。。。

爆撃機のパイロットに勤める事は置いておいて
腐った洗脳やファシスト、Propagandaを無視して
自分の心の正義の声に耳を傾けられる冷静なパイロットがいたら
爆弾の雨や嵐なんて吹き荒れる事なんか決して無いよね
戦争や争いなんて起こりっこないよね


この曲のPVも印象的で
アラブ人とハシド派ユダヤ人が
意外にも足の速いアルマジロに追いかけられながら
2人一緒の車上でRockを聞きながら踊るという構成
アラブ人とユダヤ人のおどけた様子からが
イスラエルとアラブの良好な関係を願うという思いが込められた

良いねRockが平和のために起用されるのは。。。

Rock the Casbahを聞きながら
自分の心の正義に耳を傾ける
『2つの違う文化を戦わせる』ではなく
『互いを尊重し、協調し合う』という解釈にしたい


今は亡きJoe Strummerへ
“Rock the Casbah”は僕の心に永遠に宿ってます
ありがとうございます名曲を産んでくれて

http://www.youtube.com/watch?v=OAkfHShATKY