2011年12月のアーカイブ

ご報告

突然ですが皆様にご報告がございます。

この度、管理サイトの事業休止とともなり
来年2012年1月末日を持ちまして
AZZAMI'sブログを休止させて頂きます。


短い期間でしたが
私のブログをお読み頂きましてありがとうございました。


終了まで未だ数日はございますが
事前にご報告させて頂く運びとなりました。

お世話になりありがとうございました。


ファッションリンク 林様
大変お世話になりました。
またお声掛けの程よろしくお願い申し上げます。

皆様、またお会い出来る日まで

心の弱さ

昨日
のっけから左足の甲に、靴が履けない傷をもらってしまった

いきなりビッコで医者に行き治療
痛み止めの薬も
断食期間中でも有ることから、
胃を傷める事を理由に止め
塗り薬のみで対応

断食初日の朝から
おとなしく過ごす事となる

当初は本日から、先日やり遂げられなかった
京都での諸々の残り作業を、静かに心と向き合いながら
淡々と行う予定だったが
それは少し延期
その作業を断食空けにするか否か悩む事となった。。

出ばなを挫かれた感も有るが
これも何かのお知らせなんだろうなと
前向きにとるようにした

しかし、そんなことから
いきなり行動範囲が狭くなり
昨日のほとんどが
ソファーで過ごす事となった為
エネルギーを大きく消費する事無く
結果−700グラムとなった

何時もなら断食初日で
−1、2〜1、7キロ前後軽く動くのだが
まぁ今回は仕方が無いか
目的が減量という訳ではないので。。。。

よって昨日は静寂の『無』の入り口
(自分と向き合う第一段階)だったはずが
身体は有る意味『静』だったのだけれど
心は色々と考える事となり
『動』となってしまった
弱いな。。。。

与えられた試練なのだろうが
まだまだ戒めが足りない。。。。
覚悟も足りないのだろう
しっかりしろ!

自分と向き合う、追い込むにも
精神と肉体と両面同時進行が
僕自身のそれまでの断食の形式だったが
肉体が健康な情況ではなくなった為に
今回は、精神を軸に戒める事となる
精神の雑念を何キロ落とせるのか

今回の戦いは結構深い戦いだな
心の弱さを知り
自分を大きく試されるいい機会だ


今日も冬腫れ、空はほぼ快晴
そんな中、穏やかさを得られない自分に
未だ情けなさを感じる
そんな感覚で2日目の朝を迎えました

削ぎ落とそう、強く宿っている
弱い心の斑を

変更の検索

『闇夜』
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先日3代引き継いだ(血族を意味するのではなく)
築約90年の実家を整理して来ました
僕の中で、僕の代で0にして来ました
あの時、彼が放った言葉
そこで流した汗や涙
優しさや切なさ
裏切りと暴力
何体も送り見届けた家族の亡骸

色んなモノと思いがチリやホコリの様に
1つ1つきっと静かに消えて行きます。。。。

庭や廊下に塩を撒き
空っぽの仏壇同様に手を合わせ
その家に感謝の念を置き
静かにシャッターを降ろしました

整理の最後で突然
『やっぱり悲しいわ』
『最後にもう一回この家を見せて』と言いながら
僕の第2の育ての母『清原おばさん』が現れ
最後の幕引きに僕の隣で僕を支えて頂きました
清原さん本当にありがとうございました

最後はおばさんと二人になりながら
この家に手を合わせ
ありがとうございましたと。。。。



さて12/27日
今夜の会食を最後に毎年恒例の断食期に入ります


この国の誰もが経験した
今年からの苦しみを繰り返さない為だとか
それらを和らげる為だとか。。。。

明日という次の希望の為とか
最も人が醜く貧困な『欲』というものを断つ為だったり
今一度自身と向き合う為だなんて
そんな事今は全く関係なく

今年は何だかそこに理由なんて別に求めている訳でも無く

ただただいつもより強く
そこに居たく無いという
『変更』という名の『検索』を試みたいだけ


意識として耳を澄まさなくても聞こえて来る
『雑踏』から心を引き離し
誰もが安心して
隙だらけの眠りにつく闇夜のような
『無』になる時間を
ゆったりと流れるその『間』が欲しいだけかな

あきらかに今とは異なる『変更』というものを
探してみたいだけ

色んな色にべったりと塗りたぐられた心の斑を
1つ1つゆっくりと丁寧に抉り落とし
『さてその先にどんな光が見えて来るのか』すら関係なく

今とは異なる
静かな心の宵を今は必要と感じました

自分と言う小さな泥船から
漆黒の闇夜の海に飛び込み
ぽかんと『変更の検索』を

明日からそっとその海原をクルーズして来ます

親愛なる皆様
ちょっとの間
bye bye

Butterfly Stool

永遠の普遍を、そのデザイン力を通して教えてくれた
Butterfly Stool

世界が認めるこの日本的なシンプルなフォルムと
静かで確かな技術力

その産みの親 柳宗理氏が25日Xmasの宵に旅に出られた

彼を尊敬するのはデザイン力は勿論の事
天童木工と言う生産背景に光を灯した事だ

デザイナーやプロデューサーなんて人種は
所詮、誰かの支えなくしては成立し得ない淋しく弱いモノ

デザインに力があっても
カタチに出来なければ妄想に過ぎない
妄想をカタチに出来れば
妄想は創造という名に変わり
モノ自体も生命が宿る
そして多くの感動を呼ぶ事となる
繋がるのだ

繋がる、繋げるためにも
創造をカタチに出来る(信頼出来る)集団を
周囲に無くして、表現者は成立しない(アートは少し解釈が異なる)

映画、音楽、絵画、、、、芸術と呼ばれる全てのものが
それに当てはまると僕は感じている

人が産声を上げた瞬間から
それは始まり、どう生きるか
活かすか問われるのかもしれない

生きること自体芸術だからね


周囲に尊敬の心を忘れない姿勢
多くの勇気を与えて下さった柳宗理氏
永遠に

年末の大掃除

今年は特に色々あった年でしたね

こんな年が、くじ引きで『凶』を引き当てたようなものとして
未来永劫これ以上辛く悲しい年が来ない事を祈ります

僕に課せられた今年最後の仕事(試練)は実家の片付け。。。。

それは安に掃除を意味するのではなく
売却に向けた後始末(処理)と引き渡し

色々あったこの家
結果この家に最後に残されたのは僕1人だったな

思い出と遺品がサンタクロースの袋みたいに
どっさり詰まってる実家
最後の最後で、その処理の役目が自分に回って来るとは
流石になんとも言葉で表現し難いな

明日行って来ます

そして母
35年ぶりに合える元従兄弟や親戚の皆さん
世話になったご近所の皆さんにご挨拶をして

今年もX'masは笑っちゃう程色々あるな

人生って長い夏休みみたいに面白いね